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古里再生のため前へ 派遣社員 玉川知史さん 22 南相馬・原町区出身

いつか必ず南相馬に帰ると誓う玉川さん=宮城県大和町

■「お父さん、大丈夫だよ」
 福島市高湯温泉の旅館で南相馬市原町区から避難した玉川知史君(小高工高3年)が父茂男さんに電話をかける。東京電力の協力会社に勤める父は家族と離れ、今も深刻な状況が続く福島第一原発で働く。避難所暮らしは心細い。短い電話のやりとりが心の支えになっている。
 危険を伴う現場で作業する父を見て、「人の役に立つ仕事をしたい」と思う。消防士になるのが夢だ。「お父さん、こっちは大丈夫だよ」。避難所で家族を守りながら、父の無事を祈っている。
【平成23年4月10日付・今を生きる『避難先から』】

 高校を卒業後、進学と就職で宮城県に移った。今は大和町の倉庫会社で商品管理や仕分けの仕事に就いている。
 この5年間、さまざまなことがあった。福島市に一緒に避難した祖父は一昨年に亡くなった。弟は静岡県の会社に就職した。南相馬市の自宅で暮らすのは父(茂男さん)と母(圭子さん)だけ。心配なので月に1、2度は顔を出す。「そんなに心配しなくていいよ」と言われるけれど、やはり気になる。
 原発事故直後に父から「家族を頼んだぞ」と告げられたのが深く心に残っている。そのせいもあるのか、足は自然と古里に向く。震災と原発事故後に家族や古里への意識は高まり、震災後に得た新たな人とのつながりを大事に生きている。この5年間で自分自身も変わった。

■「父は誇り」

 父は今も東京電力の協力会社に勤め、福島第一原発内で働いている。たまに原発構内の様子などを聞かせてくれる。事故直後と違って作業の環境はだいぶ改善されているようだ。被ばく線量の管理は徹底されていると聞いている。不安は薄らいできた。ある時、父が言った。「確かに大変な仕事だ。だが、誰かがやらなければならない。だから率先してやるんだ」。共感した。そして誇りに思った。

■「ゆっくり進みたい」

 いずれは南相馬に帰ると決めている。家を守り、古里のために何かをしたい。両親も僕が近くにいれば安心してくれるだろう。
 何をするかは、まだ決まっていない。でも、父が言うように、「やらなければならない」ことを自分なりに見つけ出したいと思っている。
 古里再生のために何ができるか-。ゆっくり探しながら前に進みたい。


カテゴリー:「3.11」それぞれの5年

原発内で作業する父の身を案じる知史君。毎日の電話が離れた2人をつなぐ【平成23年4月10日付・今を生きる『避難先から』】

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