昨年十一月、南相馬市小高区在住の作家柳美里(ゆう・みり)さんの「JR上野駅公園口」の英訳が全米図書賞(翻訳文学部門)に輝いたのを受け、県内書店では柳さんの著作の売れ行きが好調だ。柳さんの作品の魅力を一層知ってもらおうと、県内の書店と福島民報社でつくる「いちおし会」の会員がおすすめの作品を紹介する。
■今こそ本を開いて 柳美里さんが思い
柳美里さんは受賞後に一層高まった自身の人気や本の役割、紹介された書籍への思いを語った。
─全国で「JR上野駅公園口」が注目されている。
「『上野駅』は南相馬市鹿島区という身近な場所を舞台にした作品。地域の方言が県内だけでなく、全世界に伝わることで、古里のよさを再確認してもらえたのではないか。主人公と同じように父や祖父が集団就職で上京したという県民から手紙が届くなど、県内に共感が広がっていると感じる」
─新型コロナウイルスの感染が拡大している中で本の役割は。
「本は自分が知らない世界に連れて行ってくれる『扉』のようなもの。他の世界を知ることによってつらい状況から抜け出す道が見つかることもある。外出できず娯楽が少ない今こそ、本を開いてもらいたい」
─いちおし会の会員が三冊の著作を紹介した。
「『人生にはやらなくていいことがある』は作家活動三十周年を記念してそれまでの人生を振り返る内容。柳美里という作家の入門書としても読めるのではないか。『春の消息』は震災で命を落とした方々の追悼をしなければならないという思いで旅した東北の霊場を紹介した。『JR品川駅高輪口』は『上野駅』と同じ『山手線シリーズ』の一つ。新装版として二月に刊行される。『上野駅』と一緒に連作として楽しみやすくなるだろう。県民の皆さんにぜひ読んでほしい」
JR品川駅高輪口(2月刊行予定)
「生と死」に向き合う
岩瀬書店ヨークベニマル福島西店(福島市) 佐藤夢季乃さん
二〇一二(平成二十四)年に柳美里さんが著した「自殺の国」が二〇一六年に「まちあわせ」と改題され文庫化されました。二月に再び「JR品川駅高輪口」とタイトルを変え、柳さんの新たなあとがきを収録した新装版として刊行予定です。「JR上野駅公園口」とは連作になります。
見せかけの友人関係にいじめ、崩壊寸前の家族。居場所のない「サゲサゲな日々」を送る主人公の少女百音。彼女は今日も電車に乗り「約束の場所」に向かいます。
「生と死」という重いテーマの作品ですが、生きることや死ぬことの答えを探し求めている学生の方々に読んでほしいです。
浮かんでは消えるようなアナウンスなどの環境音や小さな言葉。柳さんはそれらを拾い上げてその裏側にある本質を描いています。生々しいほどのリアリティーで、百音が感じる世界からの疎外感がより強く読者に響きます。
「生きるためには、この人生を避けて通ることはできない」。まちあわせの場所へ出発した百音は果たしてどこへ向かうのか。ぜひ読んでみてください。
河出書房新社・八一四円(予価)。
春の消息
慈しみに満ちた視線
高島書房(郡山市)三輪健一さん
本書は柳美里さんのエッセーと歴史学者の佐藤弘夫さんの解説、写真家の宍戸清孝さんの写真によって東北各地の霊場など、人の死にまつわる場所を紹介しています。
ある所では未婚の死者を供養するため婚礼姿の絵馬を奉納しています。またある所では亡き家族の死後の幸福な様子を描いた額が飾られています。
死者と交歓する場所を巡る旅は日本人の死生観とその移ろいを静かに伝えてくれます。そして一行は東日本大震災の被災地へと向かいます。
柳さんと佐藤さんの透徹したまなざしで案内される生と死の風景は慈しみに満ちています。何より柳さんのエッセーがとても素晴らしいのです。伴侶を亡くしたこと、南相馬市に移住するきっかけ、幻に終わった一九四〇年東京オリンピックへの出場を有力視されていた祖父とその弟…。
私が特に好きなのは「蜂占い」。蜂を両手にそっと閉じ込めてじっと待つ。幼少時の柳さんの行為を追体験しながら息が止まりそうになりました。全米図書賞受賞、心からおめでとうございます。
第三文明社・二四二〇円。
人生にはやらなくていいことがある
痛みさえも伴う読書
西沢書店大町店(福島市) 星裕子さん
読み終えて本を閉じた時、大きく息を吐いていました。途中の息が浅かったのかもしれない。そう思うほどの圧倒的な一冊でした。
柳美里さんの著作の中でも手に取りやすい新書サイズでタイトルにも引かれました。帯には「作家生活三十周年過去の失敗、未来の不安にとらわれないために。」と記されていました。人生でやらなくていいことってどんなことなんだろう。期待に胸を膨らませてページをめくると、その期待はいい意味で打ち砕かれました。著者の人生は壮絶。その一言で片づけてはいけないと思うほどでした。
家庭の不和に始まり、小説家になってからの裁判、そして大切な人との出会い、別れ。淡々とした語り口であるがゆえに、感情のうねりや喜びが読み手の胸にダイレクトに伝わってきます。この告白の場に立ち会えたことは一つの喜びとなるでしょう。
時には痛みさえも伴う読書に出会うことは数多くはないはずです。そして、「やらなくていいこと」とは何か。それはこの本を読んでぜひ御自分で確認していただきたいと思います。
KKベストセラーズ・八五八円。
※今年1月31日付 福島民報文化面に掲載