東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から間もなく十一年となる。前例のない複合災害に見舞われた本県は現在、①東京電力福島第一原発の放射性物質トリチウムを含んだ処理水の海洋放出②新産業集積や人材育成の中核となる国際教育研究拠点の整備③帰還困難区域のうち特定復興再生拠点区域(復興拠点)から外れた地域の取り扱い-が喫緊の課題として持ち上がっている。
政府が処理水の海洋放出開始を予定している二〇二三(令和五)年春まで約一年。風評被害の上乗せを懸念する漁業者を中心に反対の声が根強い中、政府と東電は放出に向けた手続きを進めている。識者は「国民への説明不足は明らか。わずかなトラブルで風評が起きかねない最悪な状況だ」と危機感をあらわにする。
政府は昨年四月、処理水の放出を決定した。風評被害対策として水産物を一時的に買い取る基金を創設するため三百億円を計上するなど、漁業者らの理解醸成に躍起となっている。
一方、対面での対話が困難な新型コロナウイルス禍にあって、処分方針や風評対策に関する説明は自治体や関係団体にとどまり、県内や大消費地である首都圏などの住民を対象にした説明会は一度も開催されていない。消費者庁などによる処理水に関する理解度調査は現時点で実施されておらず、国民がどれだけ科学的に正しい知見を得ているかは計りようがないのが現状だ。
原発事故から十一年を前に、福島民報社加盟の日本世論調査会が行った全国世論調査で、処理水を海洋放出する政府方針への賛否について「反対」が35%、「分からない」が32%で合わせると七割弱に上った。福島民報社が福島テレビと共同で実施した県民世論調査では、処理水の海洋放出方針について国内外での理解は広がっているかを尋ねたところ、「全く広がっていない」が15・4%、「あまり広がっていない」が37・1%を合わせると過半数に達した。処理水への国民の理解が進んでおらず、県民が不安を抱いている実態が浮き彫りとなった。
内堀雅雄知事は七日の定例記者会見で県民世論調査の結果を受け、「廃炉と汚染水、処理水対策は長期間にわたる取り組みが必要であり、県民や国民の理解が極めて重要だ。国は丁寧な説明を行い、責任を持って取り組むべき」と強調した。
政府は「福島の復興なくして東北の復興なし。東北の復興なくして日本の復興なし」を合言葉に復興政策を進めてきた。処理水の取り扱いを議論した政府小委員会の委員を務めた小山良太氏(福島大食農学類教授)は県民の反対や不安を押し切る形で海洋放出が政治判断されたと指摘し「廃炉は政治、事業者、消費者の幅広い協力を得られないと成し遂げられない。そのために政策を決定した政治家が地元をはじめ、消費地、海外に理解を求めて対話すべきだ」と訴える。
◆風評対策は不透明 政府まとめ行動計画 目新しさ薄く
東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出方針を巡り、政府は昨年末、風評抑制や事業者支援などの行動計画を取りまとめた。県産農林水産物の風評被害が根強く残る中、講じられる対応に目新しさは薄く、従来の対策の継続や焼き直しの印象が強い。反対の立場から漁業者らが求める風評対策や安全性の担保は不透明なままだ。
政府は行動計画に基づき、二〇二一(令和三)年度補正予算で風評被害が生じた場合の対策として、需要減に応じ水産物を一時的に買い取る基金創設に約三百億円を計上した。国際原子力機関(IAEA)による安全性の検証、海外での消費者意識のインターネット調査、地域や業種の実情に応じた東電による賠償基準を策定する方針だ。ただ、漁業者らは「あくまで一時的な解決策でしかない」として、県産農林水産物が敬遠される風評を発生させないため、消費者の理解醸成に向けた迅速な対応を訴える。
問題の根底には汚染水と処理水の違いさえ、国民に十分に広がっていない現状がある。福島第一原発は炉心溶融(メルトダウン)を伴う事故で、壊れた建屋に雨水や地下水が入り込み、高濃度の放射性物質を含む汚染水が一日約百五十トン増え続けている。汚染水は多核種除去設備(ALPS)で六十二種類の放射性物質のほとんどが取り除かれるが、浄化後の処理水に水と性質が似ているトリチウムは除去できずに残る。
トリチウムは雨水など自然界に存在し、水道水や体内にもわずかに含まれている。原子炉内の核分裂などによっても生じ、国内外の原子力施設でも各国の基準に従って希釈した上で海に放出している。こういった処理水に関する科学的な知識について、国内外でいかに浸透させ、風評を抑止するか。本県復興の歩みを着実に進めるため、政府と東電の本気度が問われている。