東京電力福島第一原発事故で被災した浜通り地方に新たな産業を興す福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想。政府は司令塔機能を担う国際教育研究拠点の基本構想を今月末までに策定する方針だ。日本の科学技術力や産業競争力を強化する「世界に冠たる拠点」と位置付けているが、具体的な内容は不透明なままだ。県や浜通り地方の市町村には、既存施設の予算や機能の寄せ集めになることへの懸念がくすぶる。
政府は二月、研究拠点の運営などを担う特殊法人「福島国際研究教育機構」の設立を柱とする福島復興再生特別措置法の改正案を閣議決定した。研究開発機能として①ロボット②農林水産業③エネルギー(カーボンニュートラル)④放射線科学・創薬医療⑤原子力災害に関するデータや知見の集積・発信-の五分野を基本に掲げた。
本県や東北の復興、日本の科学技術力や産業競争力の強化に資する拠点施設を目指す中で、浜通りを中心とした本県への産業集積や人材育成につなげる青写真を描いている。しかし、基本構想策定まで数週間に迫った今も、研究拠点で取り組む「目玉となる研究」は示されていない。
浜通りには既に日本原子力研究開発機構(JAEA)楢葉遠隔技術開発センターや福島ロボットテストフィールド、福島水素エネルギー研究フィールドなどが立地し、各分野で研究が進められている。このため、地元からは既存施設の集約にとどまるのではないかとの懸念も出ている。
福島復興再生特措法の改正案には、教育機構の主務大臣は首相と文部科学、厚生労働、農林水産、経済産業、環境の各大臣と明記され、各省庁の関与に法的根拠を持たせた。ただ、省庁横断で実務を統括する主体が不明確で、既存施設も含めて各種研究を束ねる司令塔機能を十分に発揮できる体制となるかも懸念されている。
内堀雅雄知事は二月の福島復興再生協議会で、復興庁が司令塔機能を発揮し、予算の一括確保と関係省庁への配分を可能にする仕組みを構築するよう政府に直接注文した。七日の福島民報社のインタビューでも「福島国際研究教育機構が本県の復興再生に継続的に力を発揮するため復興庁がリーダーシップを発揮することが重要だ」と強調した。
国際教育研究拠点に関する復興庁の有識者会議で委員を務めた関谷直也氏(東京大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授)は拠点のもう一つの側面となる人材育成機能の重要性を指摘する。「既存の研究施設にはない教育機能がこの拠点の大きな目玉だ。教育によって十代、二十代の若者層の交流人口の増加や新たな雇用の創出につながる。人材育成に関する議論を深め、具体像を示すべきだ」と訴える。
政府は今夏を目標に、研究開発に関する基本計画を策定する方針だが、二〇二三年春に予定している拠点の一部開所などの整備スケジュールには不透明感が漂っている。
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東京電力福島第一原発事故に伴い避難区域が設定された十二市町村では避難指示が段階的に解除され、住民の古里への帰還が着実に進んでいる。ただ、原発事故発生前から大きく減少した人口が回復する進度は市町村によって異なる。さらなる帰還促進には地域に新たな雇用を生み出す新産業育成が重要となる。
県が一月三十一日現在または二月一日現在でまとめた十二市町村の避難地域の住民登録人口に占める居住人口の割合をみると、七町村が五割以下にとどまっている。内訳は田村、南相馬、広野の三市町は九割以上、川内村が約八割、楢葉町が約六割、川俣町が約五割、葛尾、飯舘両村が約三割、富岡、浪江両町は一割程度、大熊町は一割未満、双葉町はゼロとなっている。
住民の帰還促進には生活環境整備とともに、住民の生活基盤を支える収入を確保するための働く場をいかに生み出せるかが課題となっている。このため、東日本大震災と原子力災害によって失われた浜通り地方の産業回復と新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクトとしての福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想が大きな意味を持つ。
イノベ構想では①廃炉②ロボット・ドローン③エネルギー・環境・リサイクル④農林水産業⑤医療関連⑥航空宇宙-の六つを重点分野に位置付けている。浜通りでは原発事故発生以降に立地した研究施設で各分野の研究が始まっている。国際教育研究拠点が司令塔機能を発揮し、これらの具体化を進める中で産業集積や人材育成、交流人口の拡大などを形作ることが求められている。