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フクシマからの報告2(1)伏せられた線量予測 募る住民の不信、怒り

事故後1年間の推定積算放射線量(政府、東電の事故対策統合本部資料による)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故発生から11日で2カ月となった。この間、1年間の積算放射線量の予測が示されるなどして、放射性物質が県内に拡散していることが徐々に明らかになった。原発事故の収束は長期化の様相を呈し、放射線量が高い地域の住民は、かつて経験したことのない事態に翻弄(ほんろう)され続けている。放射線と向き合う現場を追った。(文中敬称略)=7~9面に大震災から2カ月特集
 「いまさら避難しろか。これまでもっと高い放射線を浴び続けていたんじゃないか」。飯舘村行政区長会長の菅野啓一は積算放射線量に基づく避難の説明を苦々しい思いで聞いた。
 政府と東電の事故対策統合本部が4月26日に公表した積算放射線量の分布予測図。年間20ミリシーベルトを示す赤い線が村の大部分を覆っていた。4日前には年間二〇ミリシーベルトを超す恐れがある地域が「計画的避難区域」に設定された。村全域が対象となった。
 放射性物質の影響を調べるシステム「SPEEDI」に基づく短期的、長期的な予測図数千枚が爆発事故直後から作成された。しかし、政府が公表したのはわずか2枚。県も1号機の爆発事故翌日に入手していたが、村民の目に触れることはなかった。いずれも原発から北西方向に高い放射線量の帯が伸びる。それでも政府は「直ちに健康に影響はない」と繰り返した。
 官房副長官福山哲郎は4月16日、村内で住民に対し切り出した。「住民の安全を考え、万が一のために避難していただく」。爆発から1カ月以上が経過し突然、政府が持ち出してきた計画的避難。副村長門馬伸市は政府の指示に頭を抱えた。「早い段階で少しでも避難の可能性を示してほしかった。時間が足りない。散り散りになれ、と言っているのと同じだ」
 放射線の影響を受けやすいとされる子どもを抱える家族らが村を離れ始める一方、高齢者や畜産業を営む村民は避難を拒み、古里への愛着と将来の不安のはざまで揺れた。
 村民の混乱が極限に達しようとしている現状をよそに、首相補佐官細野豪志は会見で「パニックを懸念した」と予測図の公表を控えた理由を説明した。
 事故後、村内は避難指示が出された一部の自治体よりも高い放射線量を計測し、県の関係者の間からは「避難させなくて大丈夫なのか」との声が出ていた。
 村長菅野典雄は手のひらを返したような政府の対応に不信感を強める。「全く一貫性がない」
 4月下旬、政府から避難場所として県外を示されたが、拒否した。「村民に対し、政府は古里から遠く離れることまで課すのか。村というよりどころがなくなれば村民の安心は保てない」。政府の存在を遠く感じた。
 計画的避難区域となった川俣町山木屋地区の山木屋公民館に4月26日、乳幼児を持つ母親や妊婦らが集まった。「ここで生活してきた子どもは大丈夫なのか」。住民の問い掛けに、副町長高橋孝は言葉を詰まらせた。戸惑う住民を「国の指示ですから」と突き放すことはできない。明確な回答を伝えられない自分がもどかしかった。
 町は原発事故後、浜通りの市町村から約6千人にも及ぶ避難者を受け入れてきた。それが今度は山木屋地区の町民約1200人の移転先を探す立場になった。町長古川道郎は避難によって、家族や地域がどれほど崩壊するかを肌で感じていた。町民に、その思いはさせたくない。
 計画的避難区域の設定方針を示された4月11日、すぐに住居の確保に動いた。しかし、町内のアパートは既に埋まり、住居確保は難航した。「いきなり積算線量を突き付けられ、住み慣れた地を追われる住民の落胆は大きい」
 政府の指示と住民との間で、苦しい対応を迫られている。

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