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今を生きる 居酒屋いつ再開... 湖眺め切ない日々

避難先のホテルで震災前の暮らしを思い返す清水さん夫妻

【清水敏英さん63 富子さん71(双葉町)】
 双葉町の清水敏英さん(63)富子さん(71)夫妻は27日、避難先の猪苗代町のホテルで書類や免許証を見つめた。前日の一時帰宅で富子さんが長男と2人で持ち帰ったのは、わずかな衣類を含めてこれだけだった。
 「家に戻り、また店を開く日は来るのだろうか」。2人はなじみの客を思い浮かべた。
    ◇   ◇
 14年前から居酒屋を営んできた。地元の素材を使った新鮮な魚介類や牛肉料理、豚モツの煮込みなどが人気だった。一昨年からランチも始め、手作りの味を求める会社員らで混み合った。
 昨年末には棟続きの建物で下宿を再開し、原発作業員ら10人ほどが利用していた。朝晩の食事をいつも残さず食べてくれた。「頑張ってね」と毎朝、出勤する背中に声を掛けた。「福島第一原発が増設されたら、規模をもう少し広げようか」。そんなことも話し合っていた。
 こつこつと切り盛りしてきた店を地震で奪われ、描き始めたささやかな夢も打ち砕かれた。あの日はランチタイムを終え、2人でお茶を飲みながら休んでいた。突然の強い揺れで棚や冷蔵庫、全てが次々と倒れた。
 「津波が来た。逃げろ」。近所の人の叫び声を聞き、双葉中体育館に避難した。財布一つを持ち出すのがやっとだった。
 体育館で毛布1枚で一夜を過ごし、田村市、茨城県などを転々とした。町の集団避難先の埼玉県加須市に移った後、先月下旬から7カ所目となる猪苗代町のホテルで暮らしている。
 ホテルの部屋からは猪苗代湖がよく見える。「旅行ならどんなに楽しかっただろう」。何事もなかったようなのどかな湖面を目にするたびに切なくなる。
 一時帰宅では帳簿と位牌(いはい)、アルバムを持ち帰るつもりだった。倒れた家具や割れたガラスが散らばり、足の踏み場もなかった。限られた時間の中で、どれも探しだせなかった。
    ◇   ◇
 この2カ月半、敏英さんはふと夢の中にいるような気持ちになることがある。富子さんは、ありふれた日常がどんなに幸せだったかを知った。
 新聞やテレビで原発の様子を知るたび、今後のことを前向きに考えられなくなる。先が見えない中で、2人にこんな思いもよぎる。
 「全てが運命だったのかもしれない」。本当にそう思える日が来れば、少し前に踏み出せそうな気がする。

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