県北地方の昨年米の一部から国の暫定基準値を超える放射性セシウムが検出された問題で、農林水産省と県がまとめた要因調査の中間報告に対し、農家に戸惑いが広がっている。「肥料中のカリウム不足が要因の1つ」とされたが、同じ量を施肥しても検査結果が異なるケースもあるなど、あいまいな部分が多い。「何を信じて作付けすればいいのか」。関係者は分析を急ぎ、一刻も早く必要な対策を講じるよう求める。
■同じ地区で差異
「同じ量のカリウムをまいたのに、どうして、うちだけ放射性セシウム濃度が高かったのか...」
伊達市旧小国村で長年、コメ作りを続けてきた女性(68)は、やり切れない思いだけが残る。県の緊急調査では、国の暫定基準値(1キロ当たり500ベクレル)を超える580ベクレルの放射性セシウムが検出された。昨年使った肥料はカリウムと窒素、リン酸を配合した一般的な化学肥料だが、同じ地区内で同じ量の肥料を施したにもかかわらず、暫定基準値を下回った農家もある。「何を信じてコメ作りを続ければいいのか分からない」。女性は今春の作付けに迷いを感じ始めている。
県と農林水産省の調査では、カリウムの施肥量が多いほど放射性セシウムの検出濃度が低くなる傾向にあった。しかし、県農業振興課は「例外」もあったことを認める。担当者は「カリウム不足は要因の1つだが、そればかりとは言い切れない」と慎重に言葉を選ぶ。
■決め手欠く
中間報告によると、暫定基準値を超えるコメが検出された水田は山間部が多いものの、平たん部も含まれている。
また、昨年春の時点では「土壌の放射性物質濃度が高いほどコメからの検出値も高くなる」との見方が強かった。しかし、実際には5000ベクレル以上の高濃度の土壌で生産されたコメでも、検出下限値未満となったケースも確認された。このため、中間報告は「土壌とコメの放射性セシウム濃度には明確な相関関係は見られない」と結論付けた。農水省は暫定基準値を超えた地域の空間放射線量が全て毎時1.4マイクロシーベルト以上だったため、線量が影響している可能性も示す。
ただ、次々と新たな見方が出されても、決め手に欠くのが現状だ。今年産米の作付けの参考にと発表した中間報告が逆に不安や戸惑いを広げる結果にもなっている。複雑に絡んだ要因をひもとく作業は手探り状態で、どの時点で結論を出せるのかは不透明だ。
福島市大波地区の農業伊藤芳信さん(62)は「要因を早急に特定してくれなければ、農家は混乱するだけだ。手の打ちようもない」と訴える。
【背景】
福島、伊達、二本松各市で昨年収穫されたコメの一部から国の暫定基準値を超える放射性セシウムが検出されたのを受け、県と農林水産省が12月、要因調査の中間報告を公表。稲の放射性セシウムの吸収を抑制するカリウムの濃度不足や根の張りが浅いことなどを要因に挙げた。基準値を超えた水田ではカリウム濃度が100グラム当たり平均6.7ミリグラムで、一般的な農家の3分の1だったとした。しかし、「土壌の放射性セシウム濃度の高さやカリウムの施肥量、土質、周囲の環境など複数の要因が複合的に関係している」との理由から現段階で原因を特定するのは困難とした。
県はコメの汚染に関する中間報告に基づき、農家にカリウムの施肥を増やすなどの対応を呼び掛けている。しかし、要因が特定されていない状況下では、施肥の効果を量りきれず、農家の負担が増すだけだ。行政側に対し、支援強化を求める声も上がっている。
■労力かけられず
「原発事故は国策が招いた事故。カリウム不足が原因なら、その費用は国が負担すべき」。町の一部が県の緊急調査対象になった石川町の農業委員の1人は語気を強める。
県内の相次ぐコメの出荷停止で農家が生産意欲を失ってはいないか-。この委員は心配で町内を巡回し、カリウムの増量などを指導している。ただ、目にするのは風評被害と農産物の価格低迷で、経営が日ごとに悪化する農家の姿だ。放射性物質の検出値を抑えるためカリウムの施肥量を増やせば、肥料代がかさむ。農家は「カリウムの適切な施肥量を示した上で、補助制度を設けてほしい」と訴える。
中間報告は、山あいの小規模区画の水田が放射性セシウムを吸収しやすいとも指摘した。通常の耕運機で深く耕すことが困難なため根の張りが浅く、土壌の表層にたまる放射性セシウムを吸い上げやすいとの理由だ。農林水産省と県は「小さな耕運機で丁寧に何度も耕してほしい」と提案する。しかし、福島市大波地区の農家の1人は「山あいは高齢化率が高く、あまり労力をかけられない」と国や県に支援を求める。
水田に引く沢水の安全性にも不安を抱く農家が少なくない。「森林の落葉や土壌の放射性セシウムが雨で沢水に混入し、水田に流入するのではないか」との専門家の指摘があるためだ。ただ、県農業振興課の担当者は「降雨量が多くなる5月以降を待たなければ、正確な調査はできない」と明かす。
■制限拡大の懸念
農水省は1キロ当たり500ベクレルを超える放射性セシウムが検出された地域だけでなく、100ベクレル超の地域でも今春の作付け制限を検討する方針を示している。一般食品の放射性物質濃度の基準値が従来の500ベクレルから100ベクレルに厳格化されることを踏まえた対応で、県内では作付けできない地域が拡大する懸念も出ている。
県のこれまでの調査では、詳細に調べるほど100ベクレルを超える農家が多かった。昨年12月に緊急調査した二本松市の旧8町村を例に取ると、収穫後に実施した本調査で100ベクレルを超えたコメは179点のうち2点。その後の緊急調査で同地域の全戸を調べた結果、1999点のうち70点に増えた。他の市町村も同様の傾向という。
県水田畑作課は「検査対象を増やせば100ベクレル超のコメも増える可能性がある」との見方を示す。放射性セシウムの吸収を抑える手だてを早急に講じなければ、作付け制限区域の拡大は免れない事態にも直面している。
(カテゴリー:3.11大震災・断面)