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荒れ地に花を 喜多方の生産法人で働く 会津へ恩返し

同僚との会話を楽しみながら、綿を取る作業に励む門馬さん(右端)

■大熊町の農業 門馬一彦さん(63)
 雪に囲まれた喜多方市岩月町の作業小屋で、大熊町の農業門馬一彦さん(63)は同僚と会話を弾ませながら、細い枝先の綿を摘み取る。東日本大震災後、避難先の同市で農業生産法人「エガワコントラクター」の社員となった。「受け入れてくれた会津に恩返しがしたい」。新天地で農業と向き合う覚悟を決めている。
 実家は東京電力福島第一原発から約3.5キロ。約80アールの田畑で葉タバコとコメを作ってきた。突如響いた原発の爆発音が、40年分の汗が染み込んだ農地との別れの区切りとなった。4月上旬、同市熱塩加納町の日中温泉・ゆもとやに家族7人で駆け込んだ。
 同旅館近くの同町馬木平地区で、重機が荒れ地を耕す光景が目に付いた。事業主は「エガワコントラクター」。市内で建設会社を経営する江川正則さんが(56)が、耕作放棄地を開拓して新たな特産物開発に乗り出そうと平成22年に設立した会社だった。
 門馬さんら避難者は5月、江川さんからハーブの種植えを頼まれた。忘れていた土の感触、匂い。農業の魅力を思い出し、働く意欲が湧いた。
 門馬さんは7月末に同旅館を出る際、「仕事を手伝いたい」と江川さんに申し出た。遊休農地を活用する考えに共感したと強く訴えた。熱意が受け入れられ、63歳の新入社員が誕生した。夏以降、草むしりに始まり、サフランの植え付け、センキュウ、ソバの収穫などに汗を流してきた。
 8月と11月の2回、実家に一時帰宅した。手塩にかけた田んぼと畑は荒れ放題となり、線量計は絶望的な数値を示した。「残念だけどここには戻れない。津波で亡くなった人の3倍生きていく」。決心がついた。
 現在は妻美雪さん(50)と暮らす会津若松市のアパートから通勤する。夢は荒れ地に花を咲かせて観光客を呼び寄せることだ。「行政の仕事を待つよりも、自分で動かないといけない」。荒れ地と同じように農業者としての自分を再生させることが、同じ境遇の大熊町民を勇気づけると信じている。

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