日本たばこ産業は15日、4月に導入される食品の新たな安全基準値を踏まえ、放射性セシウムが1キロ当たり100ベクレルを超える可能性が高い県内の葉タバコ農家128戸に対し、いったん結んだ平成24年度の売買契約を解除する方針を伝えた。戸数は全契約農家494戸の4分の1に当たる。農家に動揺が広がり、救済を求める声が上がっている。東京電力福島第一原発事故で昨年は県内全ての農家が栽培を断念しており、産地衰退に拍車が掛かる懸念も出ている。
■種まいたばかり...
「種まきを終えたばかりなのに...」。田村市の移たばこ生産組合長黒田典雄さん(53)は契約解除を告げられ、落胆の色を隠せない。
市内船引町移地区で葉タバコ1.9ヘクタールを栽培する。栽培再開を心の支えにしながら昨年は、塗装業のアルバイトなどをして生活を維持してきた。「今年こそは」と今月11日、組合員総出で苗床を作るための種まき作業を終えたばかりだった。
地区内では契約農家32戸の全てが契約解除の対象になる見込みで、「作付けを2年も休めば耕作意欲が失われる」と、共同育苗所に並ぶ苗床を見詰める。
日本たばこ産業は15日、田村市の県たばこ耕作組合の事務所で各農家に方針を説明した。「早く決めてほしかった」。農家からは困惑する声が相次いだ。
■限られる対策
契約が維持される農家も気は抜けない。葉タバコをはじめ農作物は乾燥すると放射性セシウムの濃度が上昇する傾向にある。日本たばこ産業が購入前に行う全量検査で基準値を超えれば、引き取ってもらえない。県たばこ耕作組合の吉田昭久参事(56)は「100ベクレルの基準は厳しい数字」と危機感を募らせる。
田村市船引町芦沢で3.6ヘクタールを耕す県たばこ耕作組合青年部長の渡辺文武さん(39)は「栽培できても素直には喜べない」と話す。放射性物質の影響を抑えるため、周囲の落ち葉などを材料にした自家製腐葉土の使用をやめ、今季は市販の培土を使う考えだが、どの程度の効果があるかは分からない。「個人でできることは限られる」と不安を口にする。
方針通りに契約が解除されれば、原発事故前に1175戸あった契約農家は366戸に激減する。組合は出荷できなくなった農家に加え、収穫後に基準値を超えて買い取りされなかった分について、東京電力に損害賠償請求する方針だ。
■転作難しく
JAたむら(本店・田村市)は管内の田村、三春、小野の3市町で、葉タバコの生産をやめた廃作農家約250戸を対象に、ピーマンやインゲン、ブロッコリーなど園芸作物への転作を促している。新規に作付けした場合は苗代や機械代への補助制度も導入している。
しかし、葉タバコと比べ労力が多く、高齢者が敬遠したり、慣れない栽培に技術的な不安を抱えたりして転作に踏み切れない農家も少なくない。
廃作に応じた田村市船引町の松本哲雄さん(57)は2.2ヘクタールで葉タバコを栽培してきたが今年、トマトのハウス栽培を始める。「売り物になる野菜を育てるのは大変。廃作農家には高齢者も多く、そう簡単ではない」と指摘する。廃作をきっかけに離農が進めば、地域の遊休農地の拡大も懸念される。
■消費者の安全・安心確保が重要 日本たばこ産業
日本たばこ産業は「消費者の安全・安心の確保が重要」として、葉タバコ出荷に関する安全基準の厳格化を検討してきた。新基準値は16日に決定し、公表する予定。
【背景】
葉タバコは国が定める食品の安全基準値の適用外だが、日本たばこ産業は国に準じ、4月から農家からの買い取り基準を「1キロ当たり100ベクレル」に引き下げる検討を進めている。今年は県内で国が実施した土壌汚染調査結果を基に494戸といったんは売買契約を結んだ。しかし、暫定基準値の500ベクレルを基準にしていたため、厳格化に伴い契約解除となる農家がでる事態になった。昨年は県内で全生産農家1175戸の42%に当たる499戸が廃作に応じている。
(カテゴリー:3.11大震災・断面)