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帰還/川内からの報告(41)困難抱え営業再開 経営環境激変 悩む事業者

再開した店で商品を陳列する箭内さん夫妻

 なじみの客が待っていてくれたことに感激した。
 「避難生活を早く切り上げないと体がなまっちまう」。川内村下川内で食料品や日用品を扱う「とりじ商店」を営んでいた箭内義之さん(63)が再び店を開けたのは今月2日だった。「いやあ、待ってたんだ」。近所に住む一人暮らしのお年寄りが顔をくしゃくしゃにして駆け付けた。
 避難前に1日4、50人だった来店者は現在10人ほど。パン業者の配達が止まり、並べる商品も前の3分の1程度になったが、妻の敬子(62)さんといわき市から仕入れてくる生鮮食料品などは帰還した村民にとって貴重だ。週末、いわき市などでまとめ買いする村民もいる。それでも必要なものを身近で賄える地域の商店は村民にとってなくてはならない存在だ。
 経営環境は激変した。しかし、沿岸の被災者を思えば恵まれていると感じる。「地元に世話になってここまで来たんだから、なんぼか役に立たねえと」。生まれ育った土地で踏ん張る覚悟だ。
 上川内で旅館「小松屋」を切り盛りする井出茂さん(56)は震災後、約一カ月で営業を再開した。自身が村商工会長。宿泊施設がなければ復興に道筋を付ける人も来てくれないと考えた。
 目の前を自衛隊の装甲車が走っていたころだ。泊まり客がない日もあった。「おめえのとこだけだな。電気ついてんの」。知人から声を掛けられ、旅館の「明かり」が住民に安心を与えていると実感した。以来、電灯は24時間つけている。
 村を訪れた人が食事をする場所もないため、特訓して昼に手打ちそばを提供するようになった。「5月になれば名物のスイセンも咲く。みんな帰ってきたくなるよ」と仲間の帰村を待つ。

 一方でシャッターを下ろしたままの店も多い。
 下川内地区で酒類・雑貨店「小沼商店」を経営する小沼良光さん(67)は、自販機の商品補充のため時折、郡山市の仮設住宅から店に戻るが、隣近所はまだ帰村していない。
 「お盆ごろには除染が進んで村民も増えるかな...」とも思う。以前の仕入れ先に通じる富岡側の県道が通れないため、店を開くには別の調達先を探さなければならない。再び営業するタイミングを計りかねている。
 震災前、93あった村商工会会員事業所のうち、再開したのは3割程度。その多くが営業時間の短縮など通常とは異なる経営を強いられている。商工会自体、8人いた職員は震災で3人に減り、「帰村宣言」で5人体制となった。それでもなんとか会員の事業再開を後押しできるよう、村が用意した支援交付金や各種融資制度を紹介している。
 事務局長の大和田清司さん(60)は「村の復興のためには、インフラ整備と同様に店や工場の再生が欠かせない」と村内を駆け回る。

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