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【安全への問い掛け6】「24時間チェック」整う 増えるデータ 統合を模索

テレメーターシステムの始動式で、スイッチを入れる木村知事(昭和50年)=「県原子力安全行政10周年記念誌」より

 科学技術庁の担当者は県の申し出に冷ややかな反応を示した。「地方に必要がありますか。重荷ですよ」
 県は昭和50年8月の県原子力センター(大熊町)の新庁舎落成に合わせて、原子力発電所周辺の環境放射能を常時監視するテレメーターシステムの導入を計画した。全国初の試みだった。
 県は既に原発周辺地域の環境放射能の測定を始めていた。県職員がサーベイメーターを持ちながら、測定地点を巡った。月1回の作業のため、数値の変化を瞬時につかむことは不可能だった。テレメーターシステムは万が一に備えた24時間態勢の監視だった。
 原発の安全規制は法令で国の受け持ちとされていた。県がデータを独自に収集・分析すれば、国の権限に踏み込む可能性がある。県の窓口となった環境保全課の職員は、地方の関わりを嫌う国の姿勢を科学技術庁の返答から読み取った。

■揺るぎない自信
 県は引き下がらなかった。県環境保全課の落合良二(68)ら職員は、揺るぎない自信を持っていた。
 県は大気汚染の発生源を調べる手法の1つとして、工場の煙突にモニターを取り付けるとともに、周辺地域に測定装置を置いた。県いわき公害対策センターで無線を使ってデータを集め、解析した。
 落合は43年4月の県職員採用後、公害対策の専門職員として、システムの運用や改善などに携わった。原発周辺のテレメーターシステムは、公害対策で蓄積した独自のノウハウの応用だった。
 50年8月20日、県原子力センターの落成式が行われた。知事の木村守江が機器のスイッチに触れると、国や県、市町村の関係者から拍手が湧き上がった。「住民の安全を守るため、原発を常にチェックする態勢が整った」。落合ら担当職員は式の進行を近くで見守りながら万感の思いに浸った。

■測定範囲の外側
 空間ガンマ線量率、空間積算線量、空気中放射性粒子状物質濃度、気象...。県のシステムは、各地に配置したモニタリングポストなどで測ったさまざまなデータをコンピューターで解析する。
 当初、県は東京電力福島第1、福島第二の両原発と東北電力浪江・小高原発予定地の周辺に合わせて15カ所のモニタリングポストを置いた。風向などの観測データを基に、原発から放射性物質が漏れ出た場合、高線量地点となる可能性が高い場所を優先的に選んだ。環境の異常を把握すれば、東電と結んでいる安全確保協定に基づき、原発に立ち入り調査をすることも可能だ。
 県は、その後、モニタリングポストを増やした。東京電力福島第一原発事故の発生時は、発電所周辺の23基、発電所予定地周辺の2基、県庁敷地内の1基の合わせて26基があった。震災に伴う津波や停電、通信回線の不具合によって、機器が正常に動かなかったり、データを集められなかったりした。さらに、原発事故で放出された放射性物質は、システムの測定範囲をはるかに超えた。「盤石」だったはずの監視体制は、威力を発揮することができなかった。

■一元化
 モニタリングポストは14基が復旧した。事故後、県と文部科学省が増設したモニタリングポストと合わせて570基に上る。学校や公園などには合計約2700台のリアルタイム線量計が備えられている。
 県民は文部科学省のホームページなどを通じ、測定結果をいつでも知ることができる。
 一方、東電が調べている福島第一原発の詳しいデータや数値の解析・評価は、現段階で県や文科省のシステムと統合されていない。県災害対策本部の職員は「廃炉に向けた作業が続く中で、東電のデータも併せてチェックする態勢が求められる」と統合的な使い方を模索する。
 落合は「原発に核燃料が残っている。環境に影響が及ばないかどうか、監視を継続することが必要だ。東電や国のデータを一元化して蓄積し、県民の安心につなげなければならない」と指摘する。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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