東日本大震災

「3.11大震災・福島と原発」アーカイブ

  • Check

【安全への問い掛け9】独自調査、対策を主張 県、自負の陰に限界感も

専門家の意見を聞きながら進められた県の検証作業=平成2年9月

 県庁西庁舎内は夏の西日で室温が一気に上がる。県原子力安全対策課は、その8階にあった。夜になると、窓から入る風で幾分は暑さが和らぐ。それでも熱気はなかなか冷めない。
 平成2年7月、課内の机に書類が山積みされた。東京電力福島第二原発3号機の再循環ポンプ損傷事故の最終報告書と、資源エネルギー庁が5日に出した3号機の健全性評価の結果だった。片寄久巳(58)ら課員は東電社員と顔を突き合わせ、汗を拭いながら国や東電が出した書類のページをめくった。
 国は3号機の健全性を認め「運転再開に問題はない」との方針を打ち出した。だが、県は国の評価結果を独自に検証する作業を始めた。国が原発に対する法的な権限を握っている中で、前例のない地方自治体の取り組みだった。

■翻訳
 片寄は再循環ポンプ損傷事故の発生から1年余りが過ぎた2年4月、原子力安全対策課に配属された。
 大学での専攻は化学で、原子核や放射線といった原子力の基礎知識は持ち合わせていた。だが、原子力発電の技術や設備には、全くと言っていいほど、なじみがなかった。専門書をひもとき、その仕組みを頭にたたき込んだ。事故検証を受け持つグループの1人となり、夏休み返上で没頭した。
 「再循環ポンプ内の部品は、なぜ脱落したのか」
 「原子炉に金属粉が残ったままで安全なのか」
 東電社員から事故や再発防止策を聞き取った。県が設置した原子力行政に関する会議の専門家にも助言を求めた。
 ある時、県側は「再循環ポンプ内の異常を再現する模擬試験で得られたデータを検証結果に盛り込みたい」と申し出た。東電から返ってきた答えは「製造会社のノウハウだから出せない」。ガードの堅さに、県の検証は難航することもあった。
 それでも、県は専門的な用語にあふれた説明や表現を、県民にも分かりやすく"翻訳"する地道な作業を続けた。片寄は「県民の目線で、3号機の運転再開を容認できる状況にあるのかを判断するのが目的だった」と振り返る。

■ポンプ交換
 県の独自の検証で、大きな焦点の1つは、壊れた再循環ポンプそのものを交換する必要があるかどうかだった。
 「県民感情を考慮して交換すべきだ」。庁内にはポンプ全体の交換を求める意見が根強かった。だが、壊れたポンプの部品は交換するものの、運転に支障を及ぼすような大きな損傷があるとは言えない部品もあった。最終的には、部品によっては一部を修理して再使用することに安全上の問題はない、とされた。
 10月4日、県は検証結果を公表した。「3号機の健全性は確保されている」。結果として東電の報告、国の健全性評価を妥当と認めた。県は、異常時に再循環ポンプをすぐに止める新たな運転マニュアルの導入、社内の安全管理部門新設などの的確な実施を求めた。運転再開に慎重な対応を求めることで立地県の主張を込めた。
 県や立地町は、電力会社や国のように専門家を多く抱えることはできず、法的な権限もない。安全確保協定に基づいて立ち入り調査し、独自に検証した。「国の結果を単に追認するのではなく、立地県としてのチェック機能を示すことができた」。当時の原子力安全対策課長だった山口忠宏(70)は顧みる。
 県保健環境部長だった平原正道(76)は「専門家ではないわれわれが、できる限りのことはやった。ただ、限界があったのも事実だ」と複雑な思いものぞかせる。

■浮かぶ疑問
 昨年3月11日、県原子力安全対策課主幹を務めていた片寄は、県庁西庁舎8階で揺れに見舞われた。自治会館に県災害対策本部を設営した直後、東電から「福島第一原発が電源を喪失した」と一報が入った。片寄は状況把握に奔走し、限られた情報の中で闘った。
 あれから1年が過ぎた。今春、県水・大気環境課長に異動した。原子炉建屋の水素爆発、放射性物質の拡散...。「東電と国の体質は改善されていなかったのだろうか」。再循環ポンプ損傷事故の検証に明け暮れた20年余り前の日々に思いをはせた。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

「3.11大震災・福島と原発」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧