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【国策への異議2】「避難者の無念晴らす」 敗訴20年、新たな闘い

避難者訴訟原告団の記者会見で、思いを語る早川さん(前列左から2人目)=平成24年12月、いわき市

 「なぜ、また訴訟を起こす事態になってしまったのだろう」
 楢葉町の宝鏡寺住職、早川篤雄(73)の胸中には、やりきれなさが込み上げた。
 昨年12月初め。早川は「福島原発避難者訴訟原告団」の団長として、いわき市内で行われた記者会見に臨んだ。東京電力福島第二原発1号炉の設置許可の取り消しを求めた「福島原発訴訟」で、早川ら住民側の敗訴が確定してから20年余りが過ぎていた。
 かつて訴えた原発の危険性は、福島第一原発事故によって、現実となった。避難者訴訟の原告団には、福島第一原発から30キロ圏内の住民らが参加している。「避難者の苦しみを東電は分かっていない。無念を晴らしたい」。早川は新たな訴訟の理由を語った。

■工場の煙 
 約40年前、早川は、いわき市内にある平工高の国語教諭を務めていた。
 楢葉町の自宅と、いわき市を行き来する道すがら、工場の煙突から出る煙を目にしていた。いわき市内は高度成長期に新産業都市の区域に指定され、企業が次々と立地した。
 日本経済が活況を見せる一方で、深刻な公害が全国で社会問題となっていた。「四日市ぜんそく」などの公害訴訟が相次いだ。
 昭和46年3月、楢葉町といわき市の間にある広野町の町議会は火力発電所の誘致を決議した。同じころ、福島第一原発1号機が県内で初めて営業運転を開始した。
 「われわれが住む町にも公害が来るのかもしれない」。翌年、早川らは「公害から楢葉町を守る町民の会」を結成した。

■活動開始 
 楢葉町の北側に隣接する富岡町でも「公害から富岡町を守る町民の会」が発足した。両町にまたがる場所には、東電が福島第二原発の建設を計画していた。
 富岡町の団体には、県立高教組の仲間で、いわき市の平商高の理科教諭を務めていた小野田三蔵(75)が加わっていた。
 2つの会が合流する形で、昭和48年9月に「原発・火発反対県連絡会」が発足した。連絡会は、後に「福島原発訴訟」の原告団につながる。
 連絡会は専門家を招いて講演会を開いた。「火発も原発も公害を出す可能性が高いが、行政の在り方や科学技術によって防ぐことはできる。しかし、行政は地域住民に背を向けて企業寄りで、企業はコスト削減を優先させて十分な安全対策をしない」。早川の手元には、専門家の講演記録が今も残る。
 「多くの住民が立ち上がって国を動かすしかない」。早川らは活動を開始した。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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