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器用な弟優しい母、妻 自宅跡に慰霊碑、花木植える

■相馬市磯部 島倉豊さん(53)島倉キヨさん(84)山井正子さん(59)

 島倉豊さんは兄の島倉清一さん(58)と母のキヨさん、清一さんの妻の山井正子さんと4人暮らしで、笑顔が絶えない明るい家族生活を送っていた。あの日の大津波は、豊さんとキヨさん、正子さんを家ごとのみ込んだ。清一さんは自宅跡に足を運んでは、愛する家族を思い出している。
 豊さんは仕事熱心で手先が器用だった。相馬市の磯部中を卒業後に上京し、荒川区の工場に就職。コンクリートポンプ車やミキサー車の部品製造に従事した。仕事を迅速にこなし、覚えた技術を後輩に伝えるなど、面倒見が良かった。約15年前に相馬市に戻り、スーパーの生鮮食品売り場で魚をさばいた。自宅でも自慢の腕を披露し、魚料理を振る舞った。
 キヨさんは清一さんらが子どものころ、相馬市の料理店に勤めていた。50年ほど前に漁師だった夫の豊蔵(とよぞう)さんを海の事故で亡くし、清一さんと豊さんを女手1つで育てた。仕事熱心で子煩悩だった。近年は糖尿病を患い、入退院を繰り返していた。気分が優れない時も「栄養のある食事を取るんだよ」と息子たちの体を気遣った。畑で取れた野菜の天ぷらと具だくさんのけんちん汁をよく作り、家族を喜ばせた。
 正子さんは平成22年に清一さんと出会った。聞き上手で、周囲を和やかにする存在だった。清一さんにはもちろん、キヨさんや豊さんにも優しかった。
 震災当日、豊さんとキヨさん、正子さんは自宅にいた。清一さんは南相馬市の工事現場で仕事中に揺れを感じ、3人の安否を確かめようと車で帰宅した。自宅では、豊さんがポリタンクからこぼれた灯油を拭き取っていた。正子さんは寝たきりのキヨさんの手をしっかりと握っていた。キヨさんは、戻った清一さんを心配そうに見詰めた。清一さんは3人の無事を確認し仕事場に戻った。それが別れになった。
 キヨさんは震災翌日に自宅近くの土手、豊さんはその7日後に自宅から南に約50メートル離れた田んぼで見つかった。正子さんは4月16日に自宅から北に300メートルほど離れた川で発見された。清一さんは相馬市の安置所で3人と悲しみの再会をした。
 「わすれないこの震災 あなたをわすれない」。清一さんは震災から2年となった今年3月、自宅跡に3人を忘れないとの思いを記した慰霊碑を建てた。周りにはキヨさんの好きだったサクラとコブシを植えた。若木のように上を向いて生きると3人に誓っている。

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