原発事故関連死の死亡慰謝料の賠償額算定は、交通事故を例に考えられている。東京都港区の「原発被災者弁護団」副団長の大森秀昭さん(55)は、頼らざるを得ない過去の基準に違和感を抱いていた。
司法の世界は判例が重要視される。「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」。東京地裁の訴訟実務に基づき賠償額の基準を示す。「赤い本」と呼ばれる。日弁連交通事故相談センター東京支部が発行し、医療過誤や労災事件などにも幅広く活用されている。
このうち、死亡慰謝料の項目では、「一家の支柱」の場合は2800万円、「母親・配偶者」は2400万円、高齢者や子どもの「その他」は2000万~2200万円が目安、と示されている。責任の重い過失が加害者にある場合は増額されるケースがある。
今回の東京電力福島第一原発事故の避難に伴う死亡慰謝料請求の裁判外紛争解決手続き(ADR)では、原子力損害賠償法(原賠法)に基づき、事故に対する東電(事業者)の責任の中身や程度を問わない「無過失責任」が前提となっている。因果関係の有無が主な算定基準になり、過失を問う交通事故や医療過誤などと比べて慰謝料は、低くならざるを得ないという。さらに、原発事故と死亡との因果関係が薄ければ、死亡慰謝料の減額を迫られかねない。
刑事告訴などで東電の過失が立証されれば、将来的に慰謝料を増額できる可能性がある。しかし、東電の刑事責任を問うには、長期化が避けられず、遺族に精神的、体力的な負担を強いることになる。
「ちゃんと看病してあげられれば、こんなことにはならなかった」。原発事故による避難で満足な介護、治療ができなかった遺族の悲痛な声に、大森さんは胸を痛める。遺族感情を踏まえて、申し立てを担う弁護士が請求額を上乗せする場合がある。しかし、賠償額に反映されるかは別問題だ。「『安全』とされた原発が一瞬にして『危険』になった。潜在的な危険が伴う交通事故とはリスクが違う」。原発事故の特異性を訴える闘いは続く。
政府の原子力損害賠償紛争解決センターが8月末までに公表した和解事例のうち、東電が原発事故の因果関係を認め、死亡慰謝料を払ったのは計10件。いずれも2000万円を下回った。
大森さんは昭和62年に弁護士登録して以降、多くの訴訟に関わってきた。ただ、死亡慰謝料の支払額が3000万円を超えた事例はほとんどないという。「原発事故に対応した新たな慰謝料の基準を作るには裁判例を積み重ねる必要があり、相当な時間がかかる」とみる。遺族の願いを尊重したいが、長年の経験から実現の難しさも感じている。
原発事故は収束にはほど遠く、避難する住民は今なお精神的な苦痛を抱えている。「交通事故の基準でいいのか、現実を受け入れるしかないのか...」。大森さんは今も答えを見つけられずにいる。
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