東日本大震災

「3.11大震災・断面」アーカイブ

  • Check

【区域再編から半年】 双葉町絆どう保つ 集いの場加須に 「避難者同士の拠点必要」

サポートセンターの開所式で「双葉町民の歌」を合唱する出席者

 東京電力福島第一原発事故で全町避難が続く双葉町の町社会福祉協議会が25日、埼玉県加須市に避難者のための集いの場を開所した。全国39都道府県に避難している町民の絆の維持が課題となっており、支援の場が必要と判断した。町の避難区域が再編され28日で半年。時間の経過とともに町内への完全帰還は困難さが増す状況で、町民同士のつながりが希薄になれば、古里への思いや戻る希望も薄れかねないと懸念されている。

■よりどころ
 「みんなで集まれる場所ができて良かった」。町役場機能があった加須市の旧騎西高近くにある企業の元社員寮に設置した集いの場「サポートセンター」の開所式。市内に避難する双葉町のお年寄りら約60人が集まり、笑顔を見せた。式典の最後、双葉町民の歌を響かせた。約200キロ離れた古里へ思いを込めた。
 町社協は原発事故後の平成24年4月、旧騎西高に本部事務所を設置し、週3回、避難しているお年寄りらが気軽にだんらんするサロンを開いた。歌や創作活動などを企画し、避難者同士が絆を保つ貴重な機会だった。今月11日に本部が役場機能を置くいわき市東田町に移転。交流の場を求める声に応じ、町社協の加須事務所の設置に合わせてセンターを開所した。
 加須市では約500人の町民が借り上げ住宅などで生活している。木村とし子さん(73)と小西成子さん(74)は「役場機能に続き、社協の移転で触れ合いの場がなくなるのではと不安だった」とお茶を飲みながら顔を見合わせた。

■撤去作業
 旧騎西高の生徒ホールで25日、「くつろぎ処・Fカフェ珠寿(じゅじゅ)」代表の鵜沼友恵さん(38)はソファなど備品の片付けをしていた。町から、同校の避難所閉鎖を進めるために今月末までの退去要請を受けた。カフェは既に閉所し、元通りにする作業が続く。「避難者同士のコミュニティーの拠点が必要。町と協力しながら新しい場所につくりたい。サポートセンターを活用できれば、うれしい」と話す。
 鵜沼さんは、仕事のため茨城県で生活する夫と離れ、中学1年の長女と同校近くの借り上げ住宅で生活する。日中、自宅に1人でいると将来のことなどで不安になり、頻繁に避難所を訪れた。話をすれば気分が落ち着いた。平成24年秋、カフェを開設した。
 利用者からは、交流の場の維持を望む声が届く。「若い人、子育て中の母親、日中、家にいる主婦らが世代を超えて好きな時間に集まる場所をつくりたい」。利用者に感謝を伝える看板を見ながら話した。

■戻る日まで
 6月に町役場機能が移ったいわき市にある南台仮設住宅。震災翌年の24年から「双葉ダルマ市」が開かれている。同仮設に避難する会社経営、福田一治さん(42)らが中心となり江戸時代から続く恒例行事を守る。来年は1月11、12の両日に開催する予定で準備が始まった。ただ、その後は県サポート事業の補助が切れるため、費用の工面を考えなければならない。
 町内の96%は高い放射線量の帰還困難区域。政府は町内を含む原発周辺地域の国有化と、汚染廃棄物を長期間保管する中間貯蔵施設建設の方針を示した。古里に戻る日がいつになるのかは見通せない。それでも福田さんは「震災前のイベントを継続して実施することは、町民の絆を維持するために重要。古里に戻る日が来るまで、続けていかなければ」と決意を語る。
 町は、全国各地に避難した町民が古里を思い続けることが重要と考え、今月15日から県内外で「世代別会議」を開催し、参加者から意見を聞いている。また、絆やコミュニティーを維持するために震災前の町内会単位で集まる際の支援を国に求めている。
 伊沢史朗町長は「町民同士の絆をどのように保つか、町の将来のために町民の声を聞き、方策を考えたい」と語る。

【背景】
 双葉町は平成23年3月、東京電力福島第一原発事故により川俣町、埼玉県のさいたまスーパーアリーナを経て、加須市の旧騎西高へ役場ごと避難した。役場機能は今年6月、いわき市東田町に移転した。県内避難者は11月22日現在、いわき市1679人、郡山市761人、福島市417人などとなっている。県外避難者は同21日現在、2981人で、最多は埼玉県の909人。このうち加須市には512人(旧騎西高に14人)が生活している。

カテゴリー:3.11大震災・断面

カフェ利用者への感謝の言葉を書いた看板を設置する鵜沼さん(左)

「3.11大震災・断面」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧