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(56)ストレス 仮住まい 神戸の教訓 要望かなう仕組みを 避難長期化、生活が変化

神戸市役所に隣接する公園内で今もともる希望の灯り

 神戸市代表監査委員の桜井誠一さん(63)は市役所22階にある自室から真下の公園「東遊園地」を見下ろした。阪神大震災の犠牲者名を刻んだ「慰霊と復興のモニュメント」と「一・一七希望の灯(あか)り」がある。
 平成7年1月17日に発生した震災。多くの建物が倒壊、焼失し、6400人余りの犠牲者を出した。希望の灯りの土台には、こう刻まれている。「震災が奪ったもの。命、仕事、だんらん、街並み、思い出。震災が残してくれたもの。やさしさ、思いやり、絆、仲間」。毎年1月17日にはこの場所に多くの遺族や被災者が集まり、手を合わせる。「1・17」の記憶は市民の脳裏にしっかりと刻まれている。

 桜井さんは震災時、市広報課長を務めていた。翌年、生活再建本部次長に就任し、復興に向け歩みを進める市民の後押しをした。仮設住宅の住民に関する多種多様な情報が上がってきた。「言動がおかしい」「夜中に徘徊(はいかい)している」。自宅を失った現実に向き合えず、仮設住宅で孤立し、ストレスをため込む-。桜井さんは情報を得ると、保健師と共に親族を捜し、きめ細かな見守りをお願いして回った。
 いち早く被災者に安定した生活を送ってもらおうと、災害公営住宅の整備を急いだ。仮設住宅は耐火構造になっていない。建設から年月が経過するにつれて、傷みは激しくなる。しかし、公営住宅に移るよう呼び掛けると「追い出すのか」と責められた。桜井さんは「震災で助かった命。万が一、火災が起きて亡くなったら元も子もない」と説得した。
 仮設住宅を解消するのに4年半を要した。「とにかく安定した生活を提供したかった」。心労を抱える被災者と向き合い、住民に最も近い「自治体=市町村」の役割の重要性を痛感する日々だった。

 阪神大震災から16年後に発生した東日本大震災。遠く離れた地にいながら、桜井さんは本県の長期化する避難の現状を心配する。神戸では仮住まいの生活が続き、被災者はストレスをため込んで孤独死などの問題に発展した。被災者は震災の恐怖が忘れられず、頼れる何かを常に求めている―。何よりもストレス解消対策に力を入れるべき、が持論だ。
 「福島県は東京電力福島第一原発事故の影響で先行きを見通すことができない人が多いはず」。将来に不安があると、人は何かに依存したくなるという。仮設住宅に閉じこもり、アルコール依存症につながる危険性もある。桜井さんは「スポーツや文化活動など住民が楽しく過ごせる取り組みに公費を使うべき」と提案する。女性のための編み物教室、お茶会、お祭りなどが有効と強調する。
 震災直後と2年後、3年後では、被災者の生活環境はがらりと変わるという。仮設住宅の老朽化が典型的な例だ。「県が現場の変化を見極めて新たな施策を打ち出せるならいいが、難しいはず」。阪神大震災の時も、被災者の交流事業など市の施策の早期実現に苦労した経験を持つ。県を通し、国の補助を受ける制度になっているためだ。
 桜井さんは指摘する。「被災住民と向き合っている市町村の細かい要望を、いち早く実現する仕組みが大切になる。後手に回っては、被災者支援にならない」
=「ストレス 仮住まい」は終わります=

カテゴリー:原発事故関連死

阪神大震災対応を振り返る桜井さん

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