東日本大震災

「連載・今を生きる」アーカイブ

  • Check

今を生きる 歌の力富岡に恩返し 20日から郡山で教室

開講を心待ちにしている宇佐見さん

■さいたま市に避難 声楽家宇佐見京子さん 64

 歌の力で第二の古里を元気に-。東京電力福島第一原発事故でさいたま市に避難する富岡町の声楽家宇佐見京子さん(64)は20日から、郡山市富田町の富岡町生活復興支援センター(おだがいさまセンター)で歌唱教室を始める。東日本大震災前は町内で町民らに歌を教えていた。避難生活を送る町民に歌の楽しさを伝えたいと、2年10カ月ぶりに講師となる。「もう1度、町の仲間と歌いたい」。歌が町民の生きる糧になると信じている。

 さいたま市出身の宇佐見さんは、子どものころから歌が好きだった。小学入学と同時に本格的に歌を習い始め、武蔵野音大声楽科を卒業した。
 昭和51年に夫俊巳さんと結婚し、富岡町に嫁いだ。以来、35年にわたり町内の学校や福祉施設を訪れ、歌の魅力を伝えた。平成16年からは「童謡・唱歌を歌う会」の講師を務め、町文化交流センター学びの森などで指導した。
 町に住み始めたころ、地元の方言が全く分からなかった。会話の途中で首をかしげていると、周りの人が言葉の意味を事細かに教えてくれた。「誰もが温かく接してくれた。どんどん町が好きになった」。家庭の切り盛りと講師の両立は楽ではなかったが、町の人と親しくなれると思うと自然と力が湧いた。富岡は第二の古里になった。
 発足当時は20人ほどだった歌う会の会員は、7年間で50人を超えた。曲のレパートリーも増え、念願の発表会を計画していた矢先、原発事故に見舞われた。平成16年に俊巳さんが病気で他界し1人暮らししていたため、実家に避難した。仲間と離れ離れになり、生きがいだった音楽を続ける気力を失った。
 事故発生から4カ月ほど過ぎたころ、1通の手紙が届いた。「あの頃は楽しかったですね。また一緒に歌いたいです」。歌う会の教え子からだった。
 さいたま市で民生委員を務める女性らの協力で、県内の仮設住宅の集会所などで独唱会を開けるようになった。歌を聞いて一緒に歌詞を口ずさんでくれる人、涙を流してくれる人がいた。宇佐見さんの目にも涙が浮かんだ。「もう1度みんなで歌おう。天国の夫も喜ぶに違いない」
 2月以降、教室は毎月第2、4月曜日に開く予定だ。宇佐見さんはバッハやモーツァルトなどのドイツ歌曲が得意だが、教室では参加者が挑戦しやすい日本の童謡や唱歌などを中心に取り上げる。避難者と地域の交流を図るため、地域住民の参加も歓迎する。
 避難先から郡山市のおだがいさまセンターまで片道約210キロの距離を車で往復する。「大好きな古里への恩返しになれば」。宇佐見さんはゆっくりと「ふるさと」の譜面をめくった。
 
 歌唱教室の参加無料。希望者はおだがいさまセンターに電話で申し込む。申し込み・問い合わせは同センター 電話024(935)3332へ。

カテゴリー:連載・今を生きる

「連載・今を生きる」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧