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今を生きる 教え子の生きる力に ブログで思い伝える

病床からブログで命の大切さを伝える三本杉 さん。自身の詩を書き留めた冊子に目を通す

■双葉から郡山に避難し闘病 元中学校教頭 三本杉祐輝さん 55

 東京電力福島第一原発事故で双葉町から郡山市に避難し、がんと闘う元中学校教頭の三本杉祐輝さん(55)の病床でつづるインターネットのブログが、避難生活を強いられている教え子らに勇気を与えている。三本杉さんは飯舘、いわき、南相馬、葛尾、浪江、富岡各市町村の中学校に勤務してきた。原発事故から3年半余りが過ぎても避難生活の先行きは見通せない。不安を抱える教え子に、生きる力を与えようと文面を打ち込む。教え子らは、その言葉を胸に前を向く。
 三本杉さんは双葉町出身。双葉高から専修大に進み、昭和56年、本県の中学校教諭となった。以来、「自分の天職」との熱い思いで、教壇に立ってきた。富岡一中教頭として、激務をこなしていた11年前、突如、血液のがん悪性リンパ腫が発症した。
 治療に専念するため退職。教育に対する情熱はうせることなく、高まるばかりだった。教員に戻れなくても、体の調子が良いときは、学校や公民館などを回り、生きる大切さを講演して歩いた。
 平成23年3月、原発事故により、三本杉さんは故郷を追われ、古殿町や北海道、会津若松市、郡山市など避難先を転々とした。
 病と避難が重なっても、教師としてかつて勤務した浜通りの教え子を心配した。先行きが見えず自暴自棄になっていないか、古里への帰還を諦めていないか...。三本杉さんはブログで教え子を応援するメッセージを送り続ける。「避難生活を続ける教え子らの力に少しでもなりたい」

■恩師の言葉に勇気もらう

 できないことを
なげくより
 できることを
たんたんとやる

 そして じっと春をまつ

 教え子の一人で全町避難の富岡町職員三瓶秀文さん(35)は、生活支援課住宅支援係長として、避難者に寄り添ってきた。先の見えない避難生活で不安を抱える町民から、厳しい言葉をぶつけられることもあった。
 自分も避難者の一人-。多忙を極める業務に加え、慣れない土地で二児の父として家族も支えなければならない。古里への思いも重なり、気持ちが押しつぶされそうになるときが何度もあった。そんなとき、恩師である三本杉さんのブログを見て、勇気づけられた。
 三瓶さんは三本杉さんの詩の一節を胸に、逆境にあっても前に進んでいくことの大切さを学んでいる。

 同じ空の下
みんな 必死に
生きている

 葛尾中時代の恩師三本杉さんと同じ教師の道を進んだ福島市の福島大付属特別支援学校教諭吉田奈津美さん(33)は、全村避難となった葛尾村の同級生の多くが県内外に避難し、あらためて絆の大切さを感じている。
 「一人ひとりの心に やさしさの種を植える」。三本杉さんのブログにつづられた言葉だ。吉田さんは「先生から教えてもらった生き方を伝えていきたい」と子どもたちに優しい笑顔で接する。

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