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明るい家庭の中心 家族で初詣 思い出今も

■新地町埒木崎 中曽順子さん(49)

 新地町谷地小屋の会社役員、中曽(なかそ)茂さん(61)は元日、自宅そばの公園で初日の出に手を合わせた。9年前のこの日、相馬市の相馬中村神社に家族で初詣をした思い出がよみがえる。境内で笑顔を浮かべていた妻の順子さんは、もういない。幼稚園教諭を務め、園児と共に東日本大震災の津波にのまれた。49歳だった。「ボクらの子どもたちは、しっかり自分の道を歩んでいるよ」。茂さんは愛妻に静かに語り掛けた。
 順子さんは新地町埒木崎(らちきざき)の旅館の娘として生まれ育った。東京の建設会社に勤務していた茂さんは水道工事で新地に出張した際、長い間部屋を取った。一目ぼれだった。懸命に働く順子さんに引かれ、晴れて結婚。茂さんは宮城県山元町の建設会社に移った。
 二人は4人の子どもに恵まれた。明るい家庭の真ん中にいた順子さんは記念日を大切にした。誕生日、クリスマス、お正月...。手料理を振る舞い、子どもを喜ばせた。育児の傍ら、旅館の仕事を手伝う。朝から晩まで働きづめの毎日。午前3時ごろ起き、コーヒーを飲みながら読書をするのが何よりの楽しみだった。
 九州を訪れた新婚旅行が順子さんの忘れられない思い出となっていた。日本神話に登場する宮崎県高千穂や、長崎県内の歴史ある建造物を巡った。子育てが落ち着いたら、もう一度行こう-。茂さんと約束していた。

 短大で幼稚園教諭の免許を取得した順子さんは十数年前から、山元町の私立幼稚園に勤務していた。
 平成23年3月11日。大地震発生から7分後、茂さんの携帯電話に順子さんからのメールが届く。
 午後2時53分
 「地震大丈夫ですか?」
 「大丈夫、どこにいる?津波避難せよ」。茂さんはすぐに返した。
 同3時55分
 「私は幼稚園で子供達の対策をしています」。最後の連絡となった。
 順子さんは園児とバスで避難中、津波に襲われたという。
 茂さんは結婚記念日の11月7日になると、順子さんに赤いバラを贈っていた。毎年1本ずつ増やし、震災前年には28本になった。亡くなってからは、白いバラを遺影の前に飾っている。昨年は4本並んだ。「これから白いバラが増えていくんだなあ...」

 長男拓(たくみ)さん(30)、次男渉(わたる)さん(27)、長女みどりさん(25)、次女えりさん(20)の4人の子どもは会社員や学生として、それぞれの道を歩んでいる。
 渉さんは順子さんと同じ幼稚園教諭を目指している。「お母さんの分までしっかり生きよう」。子どもたちは口にこそ出さないが、胸に決意を秘めているだろう。茂さんはそう感じている。
 「天国から見守ってほしい」。茂さんは遺影に語り掛ける。「あなた、今年も頑張ってね」。笑顔で夫の背中を押す順子さんの声が、確かに聞こえた。

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