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福島をつくる(67) 第5部 酒づくり 地元産米 農家と誇りを共有

新たな酒づくりに向けて麹米を丹念に混ぜる阿部

 猪苗代町にある稲川酒造店の杜氏(とうじ)阿部毅(42)は10月中旬、町内の115号国道沿いの田んぼで、2年目となる酒造好適米「夢の香(かおり)」の稲刈りに汗を流していた。コメは純米酒「百十五(ひゃくじゅうご)」の材料になる。「今年もよろしく頼むな」。こうべを垂れた稲穂に目を細めた。
 昨冬、初めて仕込んだ「百十五」は、岩手県の南部杜氏協会が主催する今年の自醸清酒鑑評会の純米酒の部で1位に輝いた。南部杜氏に憧れ、酒づくりの道に入った阿部だが、地元のコメでつくった酒が評価されたことが何よりうれしかった。

 阿部は町内で代々続く農家の長男として生まれた。猪苗代高を卒業後、一時は埼玉県で金型工場に就職したが、稲川酒造店に勤めていた叔母の勧めで平成6年4月に蔵元に入った。当初は瓶詰めやラベル貼りが仕事だった。この年の冬、蔵元が岩手県から招いていた南部杜氏の指示を受けながら、蔵人として初めて酒づくりに携わった。南部杜氏の背中は、20歳になったばかりの阿部の目にまぶしく映った。
 酒づくりに魅せられた阿部は8年3月、国税庁の醸造試験所が全国の蔵元を対象に企画した講習に臨んだ。東京都で2カ月間にわたって酒づくりの基礎を学んだ。9年4月に県清酒アカデミー職業能力開発校に入り、地域に合った仕込み方や理想の味を探求した。
 入社して6年目の11年12月。酒づくりを担っていた南部杜氏が突然、病に倒れた。急きょ、指揮を任された。「やるしかない」。不安に押しつぶされそうになる中、基本に忠実に麴米の温度を入念に確認した。毎日、郡山市の病院に入院した杜氏の元を訪ね、酒の仕込み具合を報告しては助言を求めた。嘉永元(1848)年創業の「稲川」の味をつないだ。翌年、正式に杜氏に就任した。
 阿部は子どものころからコメ作りを手伝ってきた。「地元のコメで酒を仕込みたい」。杜氏になってから長年、構想を温めていた。23年冬、父の徹(69)に思いを打ち明けた。「町内ではどこも作ってないだろう」。徹は標高が500メートル以上ある町内での生育を懸念し、首を縦に振らなかった。それでも阿部は説得し続けた。25年冬、徹は息子の情熱に負け、作付けを決意した。

 26年春、県が開発した「夢の香」を115号国道沿いにある徹の水田50アールに植えた。酒米の種類は猪苗代の季候や酒の仕上がりを勘案して決めた。徹は小まめに水の管理をするなどして生育を見守った。秋になると、大粒のコメが実った。「いけるぞ」。地元のコメで酒が仕込めるという現実に阿部の気持ちは高ぶった。
 今年1月中旬、コメ作りから手掛けた酒を初めて搾った。父に共同作業の作品を味わってもらおうと、蔵に初めて招いた。1人の職業人として成長した息子を前に、杯を傾けた徹の目には光るものがあった。
 阿部は町内が酒米の一大産地になる夢を描く。「農家とともにつくった酒が評価されれば、地元の酒として誇りが持てる。水、コメともに最適な猪苗代の地で来年、再来年と、よりうまい酒をつくり続けたい」
 県内の清酒には海外からも熱い視線が注がれ始めている。(文中敬称略)

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