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宿に復興の明かり 富岡町寄宿舎制度を導入 旅館「おかだ家」経営 岡田正宏さん(61)

復旧した旅館「おかだ家」の調理場で宿泊者受け入れの準備を進める岡田さん

 東京電力福島第一原発事故に伴う全町避難が続く富岡町は町内で休業中の宿泊施設に作業員らを受け入れる独自の寄宿舎制度を導入した。26日に旅館1カ所で制度に基づく宿泊が始まる。

 原発復旧や除染の作業員が現場近くの施設を活用し、通勤の負担軽減などによる作業効率化を図る。政府が復旧復興に不可欠な事業に限って例外的に事業者らの夜間滞在を認めている指針を受けて実施する。
 指針に基づく避難区域内の宿泊は他町でも実施しているが、労働基準監督署に施設の設置届を提出しなければならない寄宿舎と位置付けるのは初めて。構造なども労働基準法などで規定される。より厳格な宿泊の管理や作業員の状況把握につなげるのが狙いだ。
 町内の宿泊施設経営者で組織した寄宿舎管理組合の加盟施設が対象となる。除染による放射線量低減が条件。町は滞在する作業員の氏名や生年月日、所持車種などの事前報告を受け、夜間外出の自粛を要請する。
 現在、組合加盟施設は8カ所あり順次、作業員を受け入れる予定だ。

■町民帰還の呼び水に 26日、受け入れ開始
 「復興のために町の夜に明かりをともす」。富岡町の岡田正宏さん(61)は26日、町の寄宿舎制度に基づき、町内のトップを切って自ら経営する旅館「おかだ家」に作業員を受け入れる。町の復興加速に協力するとともに、心血を注いできた旅館を早く再開したいという思いが後押しする。
 旅館は昭和30年代から続き、岡田さんは2代目。老朽化に伴い平成2年に全面建て替えに踏み切り、宿泊規模を拡大した。多額の借金を抱えたが、20年かけ、ようやく返済した。その2年後に原発事故が起きた。長い避難生活が始まった。
 以前の旅館は原発関係のビジネスマンらでいつも満室状態だった。旅館を通じたさまざまな人との出会いが喜びだった。常連客とは食事などにも出掛けた。仕事に追われる日々だったが「また来るよ」と語る笑顔を励みにした。
 避難後、生きる目的を失った。「自分はまだ若い。このままでは駄目だ」。自分に何度も言い聞かせた。昨年、町が寄宿舎制度を始めると聞いた。宿泊者を迎え入れられるかもしれない。旅館が息を吹き返す。光明が差した。
 東日本大震災で半壊した旅館は町の補助金を受けて修繕し、壊れたボイラーなどの設備も整えた。貯金もつぎ込んだ。寄宿舎となる手続きのため、避難先のいわき市から郡山市にある町役場郡山事務所などに通い続けた。「もう一度生きがいを持てるなら、何も苦労とは感じなかった」という。
 20部屋で定員42人。当初は除染作業員約20人が入居する予定だ。岡田さんは避難先から居住制限区域にある旅館に毎日通い、管理業務に当たる。
 町は早ければ平成29年4月の帰還開始を目指す。「町内の事業再開の呼び水になればいい。町民が戻る先駆けになりたい」。避難指示解除後、旅館としての本当の再開を果たすのが次の目標だ。

カテゴリー:福島第一原発事故

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