東日本大震災

「明日に挑む-芽吹く福島の力」アーカイブ

  • Check

(28)モデルから農園へ

果樹畑でリンゴの木の状態を確かめる大野

 モモやリンゴ、ナシの木が並ぶ8ヘクタールの果樹畑を春風が優しく駆け抜ける。
 石川町赤羽の大野農園。数人のスタッフがバーベキューの道具を手際よくそろえていく。16日から5月8日までの週末や祝日に開く「農園花見」に向けた準備だ。家族連れ、仲間同士で今月中旬に咲くナシの花、下旬に見頃を迎えるリンゴの花を眺めて食事を楽しみ、和気あいあいと過ごす。今年で3年目を迎えたが、多いときには県内外から100人ほどが参加する恒例行事となった。
 大野農園社長を務める大野栄峰(よしたか)(32)は「花と緑に囲まれて笑顔になれる機会を提供する。農業の新たな試みと考えている」と胸を張る。


 学法石川高から仙台市の東北福祉大に進んだ。市内の芸能プロダクションにスカウトされ、モデルとして活動を始める。CM、ファッションショー、ファッション誌などに登場した。大学卒業後は上京して芸能活動を続けていた。
 転機となったのは平成23年に起きた東日本大震災と東京電力福島第一原発事故。新聞・テレビで伝えられる福島の惨状を目の当たりにし、自分を支えていた足場を失った気がした。両親の農園は風評の影響で果物が売れなくなったと聞いた。
 夢を追い掛ける自分を応援してくれた父母、生まれ育った町が苦しんでいる。古里のため力になりたい。「仕事を継ぐよ」と実家に伝え、翌年帰郷した。


 子どものころ、「農業は格好悪い」と思っていた。高校時代はハンドボール部に所属し、練習漬けの毎日を過ごした。家業に対する知識はまるでなかった。
 就農すると決め、成功事例を調べてみた。収益を安定させるためには、法人化するのが近道だと考えた。両親は繁忙期にパートを雇っていたが、通年で農業に関心を持つ人を雇用したい。そうすれば地域貢献につながる。強い決意を胸に株式会社「大野農園」を設立した。
 イベント開催、果物を使った商品開発などにも取り組み、農業の可能性を広げてみたいと夢を見た。自らの方針に賛同してくれた若い人たちを採用し、今では20歳代から70歳代まで8人の社員を抱えている。「古いものを大事にしながら、新しさを求めて事業を発展させたい」。20代の挑戦が始まった。(文中敬称略)

カテゴリー:明日に挑む-芽吹く福島の力

「明日に挑む-芽吹く福島の力」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧