東日本大震災

「「3.11」から6年それぞれの軌跡」アーカイブ

  • Check

孫の言葉 帰還決意 早川朝子さん 76 ~楢葉町~

家族とともに楢葉町に帰る決断をした早川さん

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で故郷の楢葉町を離れて平成23年夏に会津美里町の宮里仮設住宅に避難した。知的障害のある次男と特別支援学校に通う子がいる長女の家族と一緒だった。次男と孫は環境の変化に対応できるのか。不安を抱えながら慣れない会津地方での生活が始まった。

 今年秋、約6年暮らした会津美里町を離れ、家族と共に古里・楢葉町に帰る。古里に戻りたい-。授産施設に通う孫の言葉に背中を押された。

■『和らいだ不安』
 古里を追われ、雪深く、寒さの厳しい会津地方での暮らしは不安だらけだったが、次第にそれも和らいでいった。会津美里の人たちは、私たち避難者を温かく迎え入れてくれた。祭りや季節ごとのイベント、町行事への招待など慣れない土地で暮らす楢葉町民への心配りは本当にありがたかった。
 授産施設に通っていた次男和弘(47)の受け入れ先があるかが一番の心配だったが、町内の施設で快く引き受けてもらった。会津若松市の特別支援学校に編入した孫(19)は卒業し、今は同じ授産施設に通っている。
 いつ頃だっただろうか。ふと、孫が口にした言葉が胸に刺さった。「楢葉に帰りたい」。障害のある孫も古里へ強い思いを抱いていることに胸を打たれた。この時に心を決めた。「みんなで戻ろう」と。
 楢葉町の避難指示は一昨年に解除された。震災前に次男が通っていた作業所が広野町で再開したこともあり、決断した。

■『家族みんなで』
 楢葉町では次男に加え、震災前は別に住んでいた長女夫婦と孫の5人で暮らす。傷んだ自宅は取り壊し、帰還に合わせ二世帯住宅が出来上がる。
 町に前のようなにぎわいが戻るのはまだまだ先になるかもしれないが、こんな年寄りでも地域をよみがえらせる力になりたいと思う。
 家族みんなが新しい家で笑顔を絶やさず、仲良く暮らす日々を夢見ている。一日も早い復興を遂げる。それが、会津美里町の人たちへの恩返しだと思っている。

カテゴリー:「3.11」から6年それぞれの軌跡

「「3.11」から6年それぞれの軌跡」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧