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【震災から7年】「新産業創出」医療関連産業 集積進む


■独NRW州と覚書更新 県、輸出拡大後押し 機器製造業者 年々増加 震災後の1.5倍 74社

 県が産業復興の重点分野の一つに位置付ける医療関連機器分野は年々、産業集積が進んでいる。県内の医療機器製造業者数は2017(平成29)年末現在、2011年度末の50社から約1・5倍の74社に増加している。医療機器製造業者数の推移は【グラフ】の通り。2015年度、県内の大手企業の下請けとして製品を組み立てる医療機器受託生産額は471億円、大手企業からの発注を受けた医療用機械器具の部品生産金額は195億円に上り、全国一位となった。2015年度の自社製品を出荷する医療機器生産額は776億円で前年比527億円減だったが、全国8位の実績を誇る。

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故を機に始まったドイツ・ノルトライン・ウェストファーレン(NRW)州との交流で、県は昨年8月に医療機器分野での連携に関する覚書を更新した。県内企業の輸出拡大に向けた取り組みや、ドイツの教育機関などとの共同研究を継続させ、県内の産業活性化を後押しする。県と同州は2014年に覚書を締結していた。

 一方、2016年11月に開所した「ふくしま医療機器開発支援センター」(郡山市)は利用低迷により運営費が不足するなど県の見通しの甘さが露呈した。経営改善を図るため、県は昨年末、医療機器の安全性評価試験に関する各種認証の早期取得や営業担当部署の新設、各種試験への割引制導入などを盛り込んだ改善計画をまとめた。今後、経営立て直しに向け、施設利用を広くPRする。


■医療機器産業ルポ 郡山 ふくしま医療機器開発支援センター 開発や販路拡大など支援

 郡山市のふくしま医療機器開発支援センター一階の「ゾーンD」と呼ばれるエリアの環境試験室。センター安全性評価部副主任技師の菱沼友紀さん(36)は製品の強度などを試験するため振動試験機と真剣な表情で向き合っていた。

 センターは県が設置し、ふくしま医療機器産業推進機構が運営している。2016(平成28)年11月、医療機器の開発や販路拡大などを一体的に支援する国内初の施設として同市富田町の県農業試験場跡地に誕生した。医療機器関連産業の振興を通じ、震災と原発事故からの復興を支援するとともに医療機器産業の発展に貢献するのが使命となっている。

 センターには医療機器関連産業の「安全性評価」「人材育成・訓練」「コンサルティング・情報発信」「マッチング」の4つの機能がある。このうち、菱沼さんが関わる医療機器の強度や耐久性、誤動作発生の有無などの安全性評価の試験は重要な柱の一つだ。

 いわき市出身の菱沼さんは地元の福島高専を卒業後、新潟県長岡市の長岡技術科学大で建設工学などを学んだ。郡山市内で就職した後、強度試験などの業務に従事。その経験を生かしてセンターに入った。製品の強度を評価する各種機器の取り扱いが専門で、センター開所以来、県内外のメーカーの医療機器の安全性評価試験などを手掛けてきた。

 長岡市に住んでいた2004年10月、新潟県中越地震を経験。社会人となり県内に戻ってから東日本大震災が発生した。2度の大災害に遭遇する貴重な経験をしており、復興に懸ける思いは人一倍強い。「もっと多くの人にセンターの役割を知ってほしい。復興と県内企業の発展のために微力ながら尽力できれば」。産業振興に貢献する決意を新たにしている。(郡山本社報道部・丹治 隆)

■事業再開 ルポ 川内 「蕎麦酒房天山」 家族やカップルの姿戻る

 川内村の中心部にある「蕎麦酒房天山」。水曜日の定休日を除き、午前11時半から午後2時までの営業時間には、ひきたて、打ちたて、ゆでたてのそばを求める人が足を運ぶ人気店となっている。営業再開から4年を迎え、店主の井出健人さん(36)は「やっと震災前の状態に戻ってきた」と笑顔を見せた。

 高校卒業後、いわき市や会津坂下町のそば店で7年余り修業した。古民家を移築し、2008(平成20年)に店を始めた。経営が軌道に乗り始めた矢先、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故が起きた。

 埼玉県に避難し、サラリーマン生活を経験した後、2014年3月に店を再開した。「再開当初、お客さんが一人も来ない日もあった。やっていけるのか不安だった」と振り返る。その後、村民や復興事業に携わる作業員、村に視察に来る人らが足を運ぶようになった。「再開してまだ4年かという感じ。10年ぐらいたつ印象がある。経営的には昨年ぐらいから何とかやれるようになった」と話す。

 3月の日曜日の午後一時すぎ、店に足を運んだ。座敷席では家族連れやカップルが舌鼓を打つ姿が見られた。「最近、福島ナンバーや郡山ナンバーの車が訪れるようになった。震災と原発事故の影響が少しずつ薄れている証拠ではないか」と井出さんは受け止めている。

 震災後、村内で再開した飲食店の中には再び、閉店した店があるなど依然として厳しい現実がある。それでも、川内のそばを多くの人に知ってもらうため、将来的に郡山市や首都圏に2号店を出店する夢を持つようになったという。

 震災と原発事故から7年を迎え、被災地と呼ばれた地域の中にも明るい兆しが見え始めたことを実感している。(双葉南支局長兼いわき支社報道部副部長・須藤 茂俊)

■帰還再開事業者28% 福島相双復興官民合同チーム 訪問相談で支援

 国や県、民間企業などでつくる福島相双復興官民合同チームは2015(平成27)年8月の発足以来、東京電力福島第一原発事故の被災事業者を個別に訪問し、相談型支援に取り組んでいる。発足してから約4900事業者を訪れた。再訪問やコンサルティング活動を含めると、訪問回数は累計約2万1300回に上る。

 今年2月15日現在、帰還再開した事業者は28%に上る。統計を取り始めた2016年1月時点と比べると7ポイント増加した。

 チームの訪問により、休業していた事業者が再開したケースは約140件、避難先で再開していた事業者が帰還して店を開いたケースは約90件あったという。チームは被災事業者、農業者らの個別訪問や専門家らによるコンサルティングを実施している。

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