22日公示、7月10日投開票が有力視される参院選に向け、15日の通常国会閉会により与野党とも事実上の選挙戦に突入した。全国の一人区の中でも、2016(平成28)年の選挙で与野党が接戦を繰り広げた福島県選挙区(改選1議席)を巡る攻防は激しくなる見通しだ。各党本部の戦略と思惑を追う。
■与党 福島県「重点中の重点」 党を挙げてこ入れ
「一層緊張感を持って臨んでいきたい」。13日夕方、東京の自民党本部で茂木敏充幹事長は役員を前に参院選に向けた心境を語った。一人区を中心に激戦が予想される中、永田町では「議員の不祥事もあった党の引き締めを図ったのでは」との声が飛び交った。
自民は32ある一人区のうち、2016(平成28)年の前々回に議席を逃した東北、甲信越地方などを重要選挙区に位置付ける。特に大接戦だった福島県選挙区について「新人対決の今回は政党の地力が問われている。わずかな逆風が結果を左右しかねない」と断言する党関係者もいる。
■自民 医療分野の政策立案できる貴重な人材
「最前線で働ける即戦力」-。元厚生労働官僚で医師である自民公認候補の新人星北斗(58)に対する党内部での評価だ。需要が高まる医療分野の政策立案ができる貴重な人材として、永田町に迎えることが選対関係者への至上命令だ。2016年に現職閣僚が敗れた福島県について、党関係者は「福島は重点中の重点」などとし、てこ入れを強めている。
注力ぶりは党を挙げての応援・連携の手厚さに表れている。閣僚や党役員の現役・経験者らが5月末以降毎週のように福島入りし、総決起大会でマイクを握っている。支部単位の大会でも失業・倒産対策などデータを示し、政権の功績を強調している。5日も党総裁の岸田文雄首相が自ら足を運び、主戦場の一つとなる郡山市で開かれた女性の会で政策を訴えた。福島県への思い入れは強く、党役員会で手応えを報告したほどだという。
党県連幹部が「あうんの呼吸」と表現する本部と地元の連携を象徴するのが、福島県のベテラン国会議員ともつながりが深い安倍晋三元首相の選挙戦への関わりだ。元法相の元職岩城光英(72)が離党覚悟で選挙区での立候補を模索する中、保守系分裂を回避しようと、年明け直後から水面下で岩城の比例代表擁立を党選対に働き掛けるなど、県連の意をくんだ異例の対応をしたとされる。
自民本部の上層部は昨年の衆院選で、県内5小選挙区で「2勝3敗」と苦杯をなめた結果を重くみており、党主導による直近の分析でも敗れた選挙区が課題となっているという。さらに「被災地で復興施策に不満を持つ一定の層がいる」との見方もあり、内閣支持率が堅調であっても県内の状況は異なるとして、さらなる党幹部の応援も検討する。
■公明 自民との連携強化が不可欠
全国比例で2021(令和3)年秋の衆院選より1割増しの800万票獲得を目指す公明は福島県での自民との連携強化が不可欠とみる。比例に擁立した元復興副大臣の現職横山信一(62)が当選を目指す中で、これまで復興副大臣を5人輩出するなど震災、原発事故の風評払拭、産業振興に貢献した党の実績などを訴え、票の上積みを目指す。
ただ、課題も残る。給付金事業や補正予算の編成など中央での調整の食い違いや、相互推薦の時期のずれ込みが地方にも飛び火している。公明国会議員の一人は「出遅れが今回の懸案だ」と通常より時間がない中で、いかに与党支持の巨大な組織をうまくかみ合わせるかが焦点になるとみている。
■野党 共闘 距離保ち慎重に 政党色押し出さず
「32ある一人区が勝負の分かれ目になる」。立憲民主党の西村智奈美幹事長は14日、国会での定例記者会見で、参院選での与党による過半数の議席獲得阻止へ展望を語った。激戦が予想される中、一人区の野党連携が選挙戦の鍵を握るとの考えを強調した。
野党は福島県選挙区に新人小野寺彰子(43)を統一候補と位置付けて擁立する。アナウンサーとして豊富な経験を持つため「県民に寄り添い、声を代弁できる新しい政治家」として、立民、国民民主、社民の各党が推薦し、共産党も支援を決めた。野党の一本化が難航した一人区が目立つ中、福島県では事実上の与野党一騎打ちとなる構図をつくり上げた。ある党の幹部は「6年前に野党が勝利した福島の実績に対する各党の信頼がなければたどり着けなかった」と実情を明かす。
一方で、選挙戦の戦略には慎重を期す。あえて共闘を前面には打ち出さず、小野寺が「無所属」である点をアピールポイントに据えて幅広い層に浸透を図る。立民選対役員の一人は、野党の距離が「寄りすぎた」昨年秋の衆院選を教訓と捉える。共闘が功を奏した反面、一部で離れた票もあったためだ。共産を含め緩やかに連携する福島県選挙区は、理想的な距離感だと強調し、「政党色を打ち消すことで保守層の一部も切り崩せるはず」と自信を見せる。
■立民 地域ごとの事情に配慮
配慮は小野寺への応援にも及ぶ。立民は当初、党幹部を相次いで投入するつもりだった。しかし、選対役員と県連幹部は協議を重ねた末、党の関わりを最小限にとどめる必要があると判断。演説などは地元国会議員の支持層など地域ごとの事情に配慮して行う。小野寺への「相乗り」を最適な形と判断した国民民主も足並みをそろえて幹部の演説は単独で行う上、都市部に限定する方針だ。
ただ、「兄弟政党」とされる立民、国民民主間の連携に不安材料がある。国会で政府の予算案に賛成するなど、国民民主の中央での独自路線について幹部は「国民目線での行動だ」と説明するが、立民の勢力が強い福島県では反発も懸念される。
各党が政党色を押し出さない背景には、政党支持率の低迷という事情もある。野党は「見せ場」とされる国会の予算委員会などで与党と明確な対立軸を示せず、「政権批判の受け皿を作り切れていない」と不満の声が内部から漏れる。立民の国会議員の一人は「党名を強調してもかえってマイナスになる」と打ち明ける。
■各党 比例代表を足掛かりに
選挙戦では各党とも比例代表を足掛かりに福島県での支持拡大も視野に入れる。
衆院選の小選挙区、比例東北での定数減が見込まれる中、立民は福島県での支持基盤強化に向けて政策を吟味して訴える。防衛予算増などを訴える自民党への反対票を取り込むため、急激な人口減少が課題の福島県で関心の高い教育、農業などの分野の予算確保を主張する。
国民民主は県連役員に党幹部の国会議員が就くなど福島県への注力ぶりを示し、連合傘下の産業別労働組合(産別)の比例代表候補への支持固めを行う。
共産は再選を目指す現職岩渕友(45)=福島市在住=と、元須賀川市議の新人丸本由美子(59)を擁立。中央委員会は野党共闘の動きを再び活発化させたいとの考えがあり、福島での小野寺の勝利や党勢拡大が重要になると見る。ただ、共闘の密度が過去2回の参院選に比べて弱まったことで、思惑通りに運ぶかは未知数だ。
福島県選挙区には、NHK党公認で元山形県米沢市議の新人皆川真紀子(52)、政治団体「参政党」公認で健康美容会社経営の新人窪山紗和子(47)も立候補を予定している。(敬称略)