福島市高湯温泉にある花月ハイランドホテルの役員と従業員の合わせて3人が、硫化水素中毒で亡くなった事故から半年余りがたった。犠牲になった運営会社常務の星野博人さん=当時(56)=の長男要[かな]人[と]さん(26)が転職し、父に代わってホテルの運営を担う立場になった。犠牲者の無念を胸に刻み、従業員の安全を守る対策を最優先に進めている。「地域の誇りである温泉地を守り続けていく」。硫黄泉の白濁した湯を手にすくい、故人への誓いを自身に言い聞かせた。
営業から施設の修繕、社員採用に至るまで、忙しく館内を駆け回り、25人の従業員を束ねる。「今になって、父に聞きたいことは山ほどある」。父も同じ年代でホテルの管理を一手に担った。これまで東京電力福島第1原発事故の風評や、新型コロナ禍の逆風に対処してきた苦悩と存在の大きさを改めて肌で感じている。
以前は花月ハイランドホテルで働く姿を想像できなかった。大学院修了後に東京都内のコンサルティング会社に入社し、宿泊施設を再生支援する業務にやりがいを感じていた。「自由にしたらいいよ」。父も会社員としての道を尊重してくれたという。
しかし、突然の悲劇に直面し、心が揺れ動いた。事故に伴いホテルが休業し、3月上旬に再開するまでの間、運営している星野商事(会津若松市)の経営者から管理責任者への就任を打診された。自身のキャリアよりも、父やベテランの社員が愛してくれたホテルを、もり立てたい気持ちが芽生えた。
「(花月ハイランドホテルが)大好きなので、頑張ってほしい」。最終的に背中を押したのは常連客からの励ましのメールや手紙だった。地域に欠かせない温泉施設だと気づいて決心し、5月から正式に正社員としてホテルで働き始めた。
事故を受け、再発防止の手だてが急務だった。発端となった源泉管理は週1回程度、固形化した温泉の成分を配管から取り除く作業が伴う。専門家の協力を仰ぎ、手引づくりを最優先で進めた。源泉管理に向かう従業員には、防護マスクを着用の上、硫化水素の濃度測定を徹底している。高湯温泉観光協会と高湯温泉旅館協同組合による事故現場での再現実験に協力した。協会などは今年中に、各施設の源泉管理作業マニュアルを策定する。
要人さんは、前職の経験を生かし、おもてなしのサービス充実に向けて業務の改善を進めている他、宿泊プランの立案を手がける。この夏、県内の業界関係者らと共に台湾に出向き、インバウンド誘致に向け、現地で商談を重ねた。高湯温泉観光協会長の遠藤淳一さん(70)=吾妻屋=は「高湯の中心となってほしい」と期待を寄せる。要人さんは故人を思い「高湯温泉、そして福島市の魅力を広く届けていきたい」と約束した。