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フクシマからの報告2(4)揺れる「安全基準」 不安の連鎖断ち切れず

県教育庁には放射線量に関する問い合わせが相次いでいる。職員は国が示した基準を丁寧に説明しているが…

 「国の基準で安全といえるのか」。福島市の福島一小に置かれている県教育庁学校生活健康課には毎日のように学校の放射線量を心配する電話が入る。
 東京電力福島第一原発の爆発事故によって拡散した放射性物質により、県内の大半の学校で放射線が観測された。依然、子どもの屋外活動を制限している学校も少なくない。国の屋外活動制限基準は毎時3.8マイクロシーベルト。校庭の放射線量は日々、微増微減を繰り返す。保護者や教育関係者は線量データを気にしながらの生活を強いられている。
 「原発近隣の自治体より高い学校もあるじゃないか」。県災害対策本部が実施した放射線量調査を終えた4月7日、県の関係者は表情を曇らせた。
 調査対象は原発から半径20キロ圏を除く県内全域の教育施設。原発から北西方向と中通りの学校などで比較的高い線量が出ていた。
 県は空間放射線量より線量が高くなる地表付近で計測した。ある程度、線量は上昇するとみていたが、数字は予想を上回った。独自に線量データの解析を試みたが、結論は導き出せなかった。「われわれの知識では積算放射線量の子どもへの影響まで予測することはできない」。担当職員は現状を説明し、唇をかむ。
 「被ばく」という言葉は人々に原爆投下の惨事を思い起こさせる。富岡町の主婦(44)は3月下旬、夫、中学生と高校生の娘2人で避難先の川内村から神奈川県の実家に身を寄せた。「子どもを守りたい一心だった」。2人の進学先へ連絡する余裕すらなかった。調査結果が公表されると、不安は連鎖し、子どもの健康を案じ、県外に避難する家庭が出始めた。教育現場は児童・生徒の所在確認に追われた。
 「もう学校は始まっている。いつになったら国は安全基準を示すんだ」。調査結果が出る前から、県は再3、政府に学校生活が可能な線量の目安を示すよう求めていた。国がようやく屋外活動制限基準を発表したのは4月19日。新学期が始まってから2週間近くがたっていた。基準は1年間の被ばく限度を20ミリシーベルトとして計算されていた。
 6日前の4月13日、原子力安全委員会の一部委員は年間被ばく限度を10ミリシーベルトとして、登校の可否を判断すべきと発言、翌日、文部科学相の高木義明が20ミリシーベルトに軌道修正した。政府内部にぶれが見えた。しかし、線量データへの対応ができずにいた県教育庁学校生活健康課長の吉田尚は「屋外滞在を1日8時間と仮定しており、十分に安全を担保した基準」と理解した。「これで対策がとれる」
 しかし、不安は解消されなかった。「年間20ミリシーベルトを子どもたちに求めることは受け入れがたい」。4月29日に内閣官房参与を辞任した東大大学院教授の小佐古敏荘の発言は波紋を広げた。「あの日から恐怖がせきを切ったように出始め、大きなうねりになってきた」。郡山市の田村町つつみ幼稚園長の辻紀美子(70)は、子を持つ親たちと接する中でそう感じた。
 「子どもの疎開や学校閉鎖を避けるために基準を甘くしている」「年間20ミリシーベルトは計画的避難区域となった飯舘村の年間積算線量予測と同じだ」...。次々に基準への疑念と政府への不信が沸き上がる。国内外の専門家からも国の基準に異論が相次いでいる。しかし、政府は「直ちに健康に影響を及ぼさない」との立場を崩していない。
 「いったい安全なのか、危険なのか」。高校生の息子を持つ飯舘村の会社員川里さゆり(37)は計画的避難を前に途方に暮れている。「これから何を信じて子どもを育てていけばいいのか。影響の有無が5年後、10年後に分かったんじゃ取り返しがつかない」(文中敬称略)

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