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人の息遣い消えた街 田畑区別なく覆う雑草 富岡一時帰宅ルポ

人の息遣いが消えたゲートボール場

 福島県川内村の警戒区域となっている県道の温度計は35度を示していた。一時帰宅の中継基地から区域内に入って約5キロ。富岡町にある富岡支局に平成19年4月から勤務し、3月11日の東日本大震災で被災した。約3カ月ぶりに立つ川内村は、モリアオガエルの産卵や詩人草野心平氏をしのぶ「天山祭り」などの取材で何度となく訪れた場所だ。記憶とほぼ変わらぬ景色に安堵(あんど)と懐かしさを覚えた。
 富岡町に入り、滝川ダムを通過し、トンネルを抜けると、かつては青々とした水田と手入れの行き届いた畑が広がっていた。防護服を身に着けて乗り込んだ専用バスからの眺めは、田畑の区別もつかないほど雑草で覆われていた。
 「もう四カ月だもんね」。隣席の女性がつぶやいた。東京電力福島第一原発から10キロ圏内に避難指示が出された3月12日、県道は川内村を目指す避難者の車で大渋滞となっていた。ほとんどの住民はすぐに帰宅できると思い、自宅から持ち出した荷物はごくわずか。農家は田植えや種まきの準備に追われていただろうに...。原発事故が住民生活を奪ったことをあらためて実感した。
 自宅を兼ねた支局の建物に被害はなかったが、室内は本や新聞、書類などが散乱していた。許された滞在は2時間。持ち込んだスポーツドリンクや水を飲み、冷却材を首に当てて、書類や衣類などの整理に追われた。
 暑さに耐えられず、室外に出ると草が伸び放題になっているゲートボール場が目に入った。いつもなら愛好家たちがプレーに興じる時間。人の息遣いは消えたが、小鳥のさえずりや虫の鳴き声はいつもと変わらなかった。
 長女の七五三のお札や写真などをビニール袋に入れ、むなしさを心に押し込んで専用バスで帰路に就いた。
 避難先の新潟県柏崎市から夫の三瓶睦さん(70)と一緒に参加した敦子さん(66)は家族の大切な物が詰まったビニール袋を抱き締め、原発収束が見通せないことへの不安を口にした。「せめていつ帰れるかだけでも分かれば、張り合いが出るんだけど」(神野誠)

カテゴリー:福島第一原発事故

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