アンコウやメヒカリなどが水揚げされる底引き網漁が1日解禁となったが、海を漁場とする県内の全6漁協は操業自粛を続けたままだ。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から間もなく半年。漁業者は一部の魚介類から放射性物質が検出されたことや風評被害による価格下落を懸念する。出荷が途絶えた本県の「海の幸」。長引く操業自粛が漁業者の生活を追い詰め、浜通りの地域経済に暗い影を落とす。
いわき市の観光施設「いわき・ら・ら・ミュウ」は11月の再オープンに向けてテナントの内装工事が行われている。施設を運営するいわき市観光物産センターは鮮魚店や飲食店に再入居を呼び掛けているが、35の全区画が埋まるかどうか見通しは立っていない。本県産魚介類の入荷が見込めないことも影響しているとみられる。
震災以前は、新鮮な本県産の魚介類を味わえる施設として、首都圏などから年間200万人を超える来場者があった。センターの関係者は「地元の魚がなければ、ら・ら・ミュウの魅力は下がってしまう」と肩を落とす。
ら・ら・ミュウ近くの鮮魚店も、津波で店舗に大きな被害を受けた。大型冷蔵庫などの修繕に数千万円から億単位の費用が掛かるが、小名浜魚市場の再開のめどが立たない現状で店主は設備投資に踏み切れない。
本県産の魚介を売り物に誘客してきた浜通りの旅館・ホテルは多い。現在は原発事故や仮設住宅建設、インフラ復旧関係の作業員が宿泊し、満室状態が続いている。しかし、市旅館・ホテル業連絡協議会の役員は「今の満室は一過性のもの。海と魚があってのいわきのにぎわいは戻ってくるのか」と悲観する。
東日本大震災の大津波によって県に登録されている漁船1173隻のうち873隻が損壊した。
国と県は各漁協が漁船を建造し組合員に貸す場合、経費の3分の2を補助する制度を開始したが、申請は百隻程度にとどまっている。「本県産水産物に需要が戻るかどうか不透明で、漁業者が事業再建に踏み切れないのでは」と県は分析する。
平成20年漁業センサスによると、県内の沿岸漁業従事者は1743人。水揚げ減少、価格低迷などの影響で、20年前より1648人減った。高齢化と担い手不足も加速しており、本県漁業はさらに縮小する可能性があるという。
相馬双葉漁協の南部房幸組合長は津波で漁港近くの家が流され、仮設住宅で暮らしている。操業再開が見通せず、漁業の将来を憂う。「このままでは、若い漁業者が陸に上がってしまう。福島の漁業は崩壊の手前まできている」
県内の6漁協は漁の再開のめどを立てられずにいる。モニタリング体制の強化、消費者の不安払拭(ふっしょく)...。操業再開に向けて乗り越えなければならない課題が山積している。
津波で多くの家屋、漁船が流失したいわき市久之浜町。漁業を営む新妻竹彦さん(50)は、漁港近くでがれきの撤去に汗を流す毎日だ。漁業者の生活支援のため、県が県漁連を通じ各漁協に作業を委託した。午前7時から午後3時まで働き、日当は1万2100円。新妻さんは苦しい思いを打ち明ける。「陸は自分の仕事場ではない。早く海に出たい」
県漁連は「原発事故が収束していない現段階で漁を再開すれば、本県産水産物の値崩れは避けられない」として、六漁協に漁の自粛を要請。各漁協もこの判断を受け入れているが、漁業者の中には不満も渦巻く。
本県最南端の漁場を持ついわき市漁協勿来支所では、組合員約70人の大半が早期の操業再開を求めている。勿来漁港は震災の影響が少なく、20隻ある漁船のほとんどが無事だった。隣接する茨城県沖ではすでに漁が始まっている。「数百メートルしか離れていないのに、自分たちは漁ができないんだ。とれる魚は茨城も福島も変わりないのに...」と、組合員の一人はこぼした。
県漁連幹部は「一度、安い値がつけば、その価格帯で相場が固定化してしまう。原発事故という嵐が過ぎるのを待って海に出るしかない」と漁業者に理解を求める。
8月29日、宮城県気仙沼沖約900キロの海域で漁獲されたカツオが小名浜漁港に水揚げされた。いわき市内で一キロ当たり300~400円で取引されたが、東京・築地の市場では百円程度の値段しか付かず、県漁連の不安を裏付けた。
漁が再開された場合、放射性物質の検査体制をどのように構築するかが課題となる。
原発事故後、国と県は週一回、本県沖でとれた魚介類数十種類の検体を郡山市の県農業総合センターで検査している。コメ、果樹など農産物の検査も重なり、結果が出るのは3日後だ。
「鮮度が命」の水産物の出荷を3日間留め置けば、商品価値は大きく下がる。さらに魚介類は同じ魚種でも生息する海域や水深が異なるため、個体によって放射性物質の影響が違うとみられている。
県漁連は販売する際の「安全基準」のルールづくりを国や県に求めているが、明確な方針は示されていない。県漁連の野崎哲会長は「本県産魚介類の安全性をアピールするために、漁業者の声に行政は最大限応えてほしい」と力を込めた。
【背景】
東京電力福島第一原発事故を受け、県漁連は3月15日、県内の全6漁協の自主休漁を決めた。これまで、国と県が行うモニタリング調査で約90種類の魚介類を調べた結果、コウナゴ、シラス、アイナメなど17種から暫定基準値を超える放射性物質が検出されている。県漁連は8月29日の県組合長会議で、9月の操業再開を断念することを決定した。現在、各漁協が試験的操業の開始を検討している。
(カテゴリー:3.11大震災・断面)