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【被災地の文化財保護】劣化、盗難に危機感 自治体、所有者費用負担重く

 東日本大震災で被害を受けた仏像、土器など文化財の被災地からの持ち出しや修復が滞り、関係者は劣化の進行に危機感を募らせている。特に東京電力福島第一原発事故による警戒区域内は被害状況さえ確認できない状況だ。文化庁は「文化財レスキュー事業」を開始したが、放射線量が高い地域のある警戒区域内は蚊帳の外だ。

■貴重な歴史遺産

 藤沼湖決壊の傷跡が残る須賀川市長沼地区。国立文化財機構奈良文化財研究所と文化庁の職員らは17日、鉄砲水にのまれた収蔵庫から1000点以上の遺跡や発掘調査に関する図面・原図を運び出した。震災後、文化庁が新設した文化財レスキュー事業で、立ち会った市教委職員は「震災から半年がたち、ようやく文化面での復旧も始まった」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。

 しかし、福島第一原発から半径20キロ圏内の警戒区域内は、震災から半年が経過した今もほとんど手付かずのままだ。人や動物などが壁に書かれた古墳時代の「清戸迫横穴(きよとさくよこあな)」(双葉町)は国指定史跡。町教委によると、湿度や温度によって壁画に塩などが付着する可能性があるという。担当者は「今月末に壁画を確認に行くが、どうなっているか...」と不安そうな表情を浮かべた。

 文化庁は警戒区域内の放射線量を懸念する。文化財の紙や繊維の除染をどう進めるのかも手法が確立されていない。同庁美術学芸課の担当者は「線量が高い地域での作業は前例がない」と説明する。

 一方、県文化振興事業団歴史資料課の本間宏主幹は「雨水で書物がぬれたり、金属製の仏像、鐘などがさび付いたりしている可能性がある」と指摘。警備機器が作動していないことから盗難の心配もあるとして、「早急に運び出さなくては、貴重な歴史遺産が失われてしまう」と訴える。

 考古学が専門の菊地芳朗福島大行政政策学類准教授は「文化財の喪失は地域のアイデンティティーがなくなることに等しい。帰還した住民が元通りの地域に戻すためにも文化財は必要」と強調した。

■補助対象外も

 文化財を管理する自治体と所有者には、修復費用の負担が重くのし掛かる。県指定文化財の場合、県が費用の3分の1を支出する。県教委によると今回の震災により県全体で建物、仏像など50件以上の被害が確認されている。災害復旧が優先される中、文化財にまで予算が回るのは難しく県教委は国の財政支援の拡充を要望する。

 国指定文化財の修復費は、震災が激甚災害の指定を受けたことで、7~8割は国から補助される。しかし、指定されていない文化財には補助制度自体がない。警戒区域内で劣化した文化財の修復費用を東電が賠償してくれるのか。国の原子力損害賠償紛争審査会の中間指針では示されていない。

 いわき市の飯野8幡宮は国指定重要文化財の宝蔵(ほうぞう)と文化財に指定されていない鳥居を改修する。100万円以上の持ち出しとなるとみられるが、宮司の飯野光世さんは「大災害なので被災者支援が優先され、文化財修復に手厚い補助がないのはやむを得ない」とあきらめ顔だ。

資金、人材課題多く 伝統芸能も継承に痛手

 被災地からの文化財持ち出しを円滑に進めるためには、資金やボランティアの人材確保など課題も多い。

■寄付金頼り

 福島大、県歴史資料館などが参加するボランティア組織「ふくしま歴史資料保存ネットワーク」は震災直後から、倒壊する危険のある家屋や蔵をはじめ計画的避難区域内や津波被災地から古文書、美術品など歴史資料を運び出している。

 問題は活動資金だ。福島市にある県歴史資料館には1000点以上の書類、古美術品を運び込んだ。泥やほこりを払い落とす応急処置、真空パックによる保存作業、消毒用の薬品などで経費は半年で数10万円に上っている。しかし、通常業務外の仕事となるため従来の予算を回すことはできない。全国の文化関係団体からの寄付金が頼りで、手持ち資金が尽きる不安を抱えている。

 ボランティアに携わる人材の確保も課題だ。同ネットワークは震災後、40回ほど文化財の搬出に出動しているが、盗難防止のため文化財が置き去りになっている場所を公表できず、求人誌などでの募集を諦めている。県外の大学などからも人材を募りたいが、ネットワークの会員は「放射線への不安が広がっているため、こちらからは声を掛けづらい...」と目を伏せた。

■担い手分散

 原発事故の影響で存続が危ぶまれる伝統芸能も出ている。

 浪江町津島地区に伝わる県指定無形民俗文化財の「田植踊り」。種まきから収穫、もみすりまでの稲作の流れを歌と踊りで表現し五穀豊穣(ほうじょう)を願う。平成16年に福島市で開かれた北海道・東北ブロック文化芸術懇談会で県代表として出演し、文化庁長官から称賛を受けた。しかし、原発事故で担い手が県内外に分散したことから、練習機会も失われた。

 津島芸術保存連合会長の今野秀則さんは「地域に根付いてこそ伝統芸能は生き続ける。古里を追われ、芸能や代々伝わる民話、行事なども原発事故に奪われると思うと本当に悔しい」と憤った。

 郷土芸能の研究に取り組むいわき地域学會副代表幹事の夏井芳徳さんは「地元のシンボルの伝統芸能が失われてしまうのは地域再生や住民の交流の復活にとって大きな痛手だ。行政は発表の機会づくりなどを支援していくべきだ」と指摘した。

【背景】
 県教委の調査で、東日本大震災により国・県指定の文化財814件のうち、建物、仏像など129件の被害が確認された。今後、警戒区域内の調査が進めば、さらに件数は増える見込み。一方、文化庁は東日本大震災による文化財の廃棄、散逸を防ぐため被災した文化財を搬出し、保管場所を確保する文化財レスキュー事業を始めた。文化庁、国立文化財機構、各都道府県教委の職員ら専門家を被災地に派遣。津波や震災被害で倒壊した施設から工芸品や古文書などを運びだし、県外の博物館などで一時保管する作業などを請け負う。

【警戒区域がある自治体の国・県指定文化財】
◆田村市
▽国指定
・堂山王子神社本殿(重文)
・入水鍾乳洞(天然記念物)
・鉄鉢(重美)
▽県指定
・木製旧堂山寺観音堂順礼納札(重文)
・佐久間庸軒和算関係資料(同)
・磐城街道沿いのオニンギョウサマ製作の習俗(無形民俗文化財)
・前田遺跡(史跡)
・永泉寺のサクラ(天然記念物)
◆南相馬市
▽国指定
・旧武山家住宅(重文)
・相馬野馬追(無形民俗文化財)
・桜井古墳(史跡)
・羽山横穴(同)
・真野古墳群(同)
・観音堂石仏(同)
・薬師堂石仏など(同)
・浦尻貝塚(同)
・泉官衙遺跡(同)
・横大道製鉄遺跡(同)
・銅鐘(重美)
▽県指定
・木造十一面観音立像(重文)
・地蔵菩薩立像板木(同)
・刺繍阿弥陀三尊来迎掛幅(同)
・法然上人像板木など(同)
・大名家婚礼調度など(同)
・大悲山文書(同)
・泉廃寺跡出土瓦(同)
・日吉神社のお浜下りと手踊り(無形民俗文化財)
・旧修験日光院所蔵修験資料(有形民俗文化財)
・紙本着色野馬追図(同)
・相馬野馬追額(同)
・蛯沢稲荷神社奉納絵馬地引大漁図・和船模型(同)
・泉廃寺跡(史跡)
・横手廃寺跡(同)
・横手古墳群(同)
・小高城跡(同)
・泉の一葉マツ(天然記念物)
・初発神社のスダシイ樹林(同)
・海老浜のマルバシャリンバイ自生地(同)
・大悲山の大スギ(同)
◆浪江町
▽国指定
・銅鐘(重美)
▽県指定
・旧渡部家住宅など(重文)
・初発神社本殿など(同)
・紙本著色両界種子曼荼羅(同)
・津島の田植踊り(無形民俗文化財)
・井田川浦のまるきぶね(有形民俗文化財)
・本屋敷古墳群(史跡)
・大聖寺のアカガシ樹群(天然記念物)
◆双葉町
▽国指定
・清戸迫横穴(史跡)
▽県指定
・前田の大スギ(天然記念物)
◆富岡町
▽県指定
・上手岡麓山神社の火祭り(無形民俗文化財)
◆川内村
▽国指定
・平伏沼モリアオガエル繁殖地(天然記念物)
▽県指定
・木造虚空蔵菩薩坐像(重文)
・川内の獅子舞(無形民俗文化財)
◆楢葉町
▽国指定
・磐城楢葉天神原遺跡出土品(重文)
▽県指定
・大滝神社の浜下り行事(無形民俗文化財)
・天神原遺跡(史跡)
・塩貝の大カヤ(天然記念物)

※警戒区域外の文化財も含む。相馬野馬追の所在市町村は浪江町、双葉町、大熊町、葛尾村も含む

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