東日本大震災アーカイブ

【「セシウム被害」の廃用牛】値崩れ避けられず 東電賠償滞り不透明

 繁殖期を過ぎた雌牛(廃用牛)の出荷が滞る事態を改善するために県と全農県本部が今春、打ち出した「集中管理方式」は、牛を更新できない繁殖農家にとって救済策となる。安全性を高め検査した上での出荷となり、消費者にも安心感は増す。しかし、出荷しても東京電力福島第一原発事故の影響で値崩れは避けられない見通しだ。賠償方法も決まっておらず農家は「これからも繁殖農家を続けていけるのか」と落ち着かない。

■未知数

 廃用となった「乳用牛」は食べていた飼料の放射性物質濃度が低かったため、通常通り出荷されている。県畜産課によると、原発事故による風評被害で、震災前に1頭10~15万円程度だった価格は震災後、半額以下に落ち込んだ。同課は繁殖の廃用牛も同程度の価格になるとみる。価格下落分は東電への賠償請求が可能だが、同社の畜産関係の支払いそのものが滞っている。実際にどの程度の額が、いつまで補償されるかも不透明だ。
 廃用となった繁殖牛は子牛を数頭産んでから廃用となるため年齢は2歳~10歳と幅が広い。県畜産研究所によると、年を取るほど放射性物質が体内から抜けるのに時間がかかるという。同研究所職員は「飼い直す場合、年齢によっては1年以上など長い時間を要するのではないか」と指摘する。
 さらに県は4月から牛肉に暫定基準値(1キロ当たり500ベクレル)を適用せず、新基準値同様に100ベクレルを超えるセシウムが検出されれば出荷を自粛する方針を決めた。セシウム濃度を下げるには余計に長い期間がかかる可能性もあり、畜産関係者は大規模肥育農家の段階で再び「滞留」する恐れを懸念する。

■新基準

 国が繁殖牛の食べる飼料の放射性セシウム濃度の許容値を厳格化したことで、繁殖農家に餌代という新たな負担を生み、厳しい経営に追い打ちを掛けている。
 許容値が従来の1キロ当たり3000ベクレルから100ベクレルに下がり、従来は野草を与えていた農家も安全な配合飼料や稲ワラを購入する必要に迫られている。県の無利子融資制度を活用することは可能だが、大玉村の繁殖農家渡辺政司さん(62)は「肉の値段が下がり、餌代ばかり掛かるのではやっていけない」と漏らす。原発事故を理由に余計に掛かる餌代はJA福島中央会が取りまとめて東電に賠償請求しているが、支払いは滞っている。二本松市農政課は「廃用牛の滞留が改善されても、経営が成り立たないようでは繁殖農家が減ってしまう」と危惧する。
 一方、福島市大森の主婦(40)は「一般に流通する以上、今までより厳しい基準が求められるのは仕方がない。安全が保証されればこれまで通り購入できる」と冷静に受け止めている。

【背景】
 農林水産省は東京電力福島第一原発事故以降、「繁殖牛が放射性セシウム濃度の比較的、高い餌を食べたとしても生まれる子牛に直接的な影響は少ない」として、セシウム濃度が1キロ当たり3000ベクレルまでの餌を与えることを許容していた。しかし、繁殖を終えて廃用牛として出荷する際、肉から高い濃度のセシウムが検出される可能性が高いため、農家は出荷自粛を続けている。牛の餌のセシウム濃度の許容値は2月から100ベクレルに下がり、牛肉も10月1日から現在の500ベクレルから100ベクレルに厳格化される。県は流通業者、消費者に配慮し、4月から100ベクレルを超える牛肉は出荷を自粛するよう要請しており、実質的に新基準値を適用している。

カテゴリー:3.11大震災・断面