いわき市は今夏、市内9つの海水浴場のうち、勿来海水浴場を除く8カ所で海開きを見送る。22日の市海水浴安全対策会議で決めた。背後地の復旧や避難路の確保、水中のがれき調査などが進まないことが要因で、2年連続の見送りに夏の海の観光が瀬戸際に立たされている。勿来海水浴場は東日本大震災後、県内初の再開となるが、東京電力福島第一原発事故の風評被害による誘客への不安は消えない。相双地区の海水浴場は再開に向けた検討すら進んでいないのが現状だ。
■再開に障害
海開きを見送るのは久之浜・波立、四倉、新舞子ビーチ、薄磯、豊間、合磯、永崎、小浜の8カ所。海水浴場の背後地がいまだ復旧していないことや、津波が発生した場合の避難路が整わないなど、再開にはさまざまな障害が立ちはだかる。四倉海水浴場の近くには打ち上げられた漁船が残り、薄磯海水浴場そばの豊間中校庭には、がれきがうずたかく積まれたままだ。
「がれきの処理もまだで、漁船やレジャー船も出ていない。いつになったら震災前のにぎわいが戻るのか」。市内平薄磯で「民宿鈴亀」を経営する鈴木幸長さん(60)は、2年連続での海開き見送りに無念さをにじませた。
震災後、観光目的の宿泊客は震災前の2割程度にまで激減した。復旧工事の従事者を泊めるなどして経営をやりくりする状況が続く。
永崎海岸の近くで、日用雑貨などを扱う大黒屋も海水浴シーズンが「書き入れ時」だった。経営する佐藤久子さん(60)は「海には被災当時のまま、がれきが残っている。津波対策も施されていないし、海開きなどできるわけがない」と肩を落とした。
海水浴場が再開できない要因には、海中のがれきの実態調査が進んでいない現状もある。渡辺敬夫市長は「来年はできるだけ多くの海水浴場を開設できるよう、がれき調査や避難路の整備を進めたい」と強調した。
■疑心暗鬼
唯一、海開きする勿来海水浴場の開設期間は7月16日から8月12日までの28日間と決まった。例年より1週間程度短くなったが、地元で民宿を営む山名サイ子さん(77)と渡部ツネ子さん(74)は「昨年は海岸の雰囲気がとても寂しかった。海開きで地域に活気が出てくれれば」と期待を込めた。中華料理店を経営する斎藤守さん(53)も「人出があれば、にぎやかになる」と喜んだ。
ただ、原発事故の風評被害への不安は拭えない。同海水浴場には震災前の平成22年、約18万人が訪れたが、市は3割程度にまで落ち込むのではないかとみている。
県などの調査によると、勿来海水浴場の放射線量は地表付近で毎時0.07~0.36マイクロシーベルト、海水の放射性物質濃度は1リットル当たり1ベクレル以下。市は健康面での問題はないと判断した。しかし、勿来・小浜海水浴場安全対策実行委員会の渡辺徳二委員長(82)は「(数値は低くても)観光客に警戒感を持たれている。厳しい夏になると思う」と懸念を口にする。ホテルちひろの若おかみ、鈴木由美さん(45)は「いわきの海で泳ぐ人が戻ってくれるか不安」と漏らした。
実行委は海開き期間中、空間放射線量を計測し、掲示する方針だ。市の担当者は「風評被害はあるだろうが、まずは1カ所から始め、来年以降の本格的な海開きにつなげたい」と話している。
■見通し立たず
相双地方の海水浴場は再開の見通しすら立っていない。
南相馬市原町区の北泉海水浴場周辺では、県の護岸工事が行われ、土砂を運ぶ大型トラックが行き交う。海底には津波のがれきがあるとみられるが、調査は手付かずのままだ。砂浜には地震で地盤沈下している場所もある。
南相馬市の担当者は「利用者が安心して使用できるよう海水浴場を整備する必要がある。津波でいまだ行方不明の人もおり、再開の理解を得るのは難しいだろう」と分析する。
相馬市の原釜・尾浜海水浴場、新地町の釣師浜海水浴場などはトイレなどの関連設備も損壊したままで津波の爪痕が残る。
相馬市商工観光課は「県の港湾、防潮堤の復旧事業に伴い、海水浴場も再整備される見込みだが、3~5年程度かかるのでは」との見方を示している。
【背景】
県観光交流課によると、東日本大震災前の平成22年の県内の主要17海水浴場を訪れた人数は約106万人。このうち、いわき市の9海水浴場が約80万人を占めた。今回、海開きが決まった勿来海水浴場の入り込み数は約18万人だった。昨年は海岸のがれきや余震による津波発生への懸念のため、県内全ての海水浴場で海開きを見送った。
(カテゴリー:3.11大震災・断面)