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(58)はけ口 アルコール 避難者の絶望 「一口なら」と再飲酒 先行き思うと眠れずに

娘らに支えられ酒を断った島さん(左)。酒浸りの避難者の現状を見聞きすると心が痛む

 東京電力福島第一原発事故で避難先を転々としてから約7カ月後の平成23年10月、泥酔した浪江町樋渡の島英子さん(63)は姉(65)や娘たちに連れられて、郡山市にあるアルコール依存症の専門外来「大島クリニック」を受診した。
 原発事故発生後の生活は乱れた。1日に何10本もの缶ビールや缶チューハイを開けた。ウイスキーや日本酒、ワインなど酔えるものなら何にでも手を出した。心も体もボロボロだった。
 血液検査の結果は深刻だった。肝臓や胆管の組織がアルコールで破壊されたことを示す数値「γ―GTP」が一般成人女性の10倍近くあった。クリニック理事長の大島直和医師(64)が病状を告げた。「このままだと肝硬変になって死ぬよ」
 「借り上げ住宅では死にたくないな。もう一度古里で暮らしたい」。島さんは断酒を決意した。3カ月間、二本松市から1日置きにクリニックに通い、酒をやめるための教育プログラムを受講した。夫(66)は、娘から「お母さんのためだから」と求められ、自宅で酒を飲むのをやめた。23年末には郡山市のアパートに引っ越し、通院しやすくなった。

 3カ月間の教育プログラムが終わり、週1回の通院になったころ、島さんはスリップ(再飲酒)した。抗酒薬はアルコール成分に反応し、強烈な不快感をもたらすことで酒を飲まないようにする薬だ。「二日酔いよりひどい苦しみ」が襲ってきた。連絡が取れないことを心配した娘がアパートを訪れると、島さんはこたつで酔いつぶれていた。「ちょっとだけならいいや」とコンビニで酒を買い、一口飲んだら止まらなくなった。双極性障害(そううつ病)で気分の浮き沈みがある島さんは、急激に落ち込んだ時、酒に手を伸ばしてしまった。暴言を吐いたり、暴れたりはしない。こたつに入って、にやにやしていたと娘から聞かされた。
 娘たちはスリップした島さんを見ていられなかった。長女は「またアルコール依存に逆戻りする」と気をもんだ。娘や孫に会うと自然と気が紛れ、酒には手が伸びないようになる。あれこれ理由をつけて島さんを関東圏にある自らの避難先に連れ帰った。
 ところが、家族の献身的な支えがあっても、酒をやめてはスリップを繰り返した。布団に入っても、避難生活の先行きを思うと眠れなかった。「それが一番つらくて。酒を飲むしかなかった」。少しは寝たなと思って時計を見ても30分しかたっていなかったこともあった。

 3度目のスリップから1年以上、一滴も酒を飲んでいないのは、抗酒薬と睡眠薬を飲んで、飲酒欲求をコントロールできるようになったからだという。朝は3種類、夜は睡眠薬を含め6種類を口に運ぶ。「薬の飲み過ぎは腎臓に負担がかかるそうだけど、アルコール依存よりはまし」
 大島医師からは「まだまだ終わらない。これから、また飲みたくなる時が来る」とくぎを刺されている。自分でも気持ちを抑え切れなくなるのが怖い。大型店に行った際には、酒類コーナーの前を通らないようにしている。
 仮設住宅や借り上げ住宅で酒浸りになっている避難者を見聞きすると心が痛む。アルコール依存で寿命を縮めないでほしい―。ようやく乗り越えようとする島さんの願いだ。「家には帰れない、家族はばらばら。そりゃ、飲みたくもなる。でも、酒に頼ってはだめ。ひどい目に遭うから」

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