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生きた証し 花に託す 長男、流された自宅跡彩る

■浪江町請戸 高野英二さん(69) 慶子さん(67)

 芝桜が咲き始めた。浪江町の海岸から200メートルほど離れた請戸小の東側に自宅はあった。東日本大震災の津波で流された浪江町請戸の高野英二さん=当時(69)=と慶子さん=当時(67)=をしのび、長男慎吾さん(49)=南相馬市原町区=が跡地に植えた。「満足に親孝行ができなかった。四季折々の花でいっぱいにしたい」。11日で震災から4年1カ月。慎吾さんは、花が好きだった慶子さんに喜んでもらいたい一心で手入れを続ける。
 慶子さんは請戸地区で生まれ育った。性格が底抜けに明るかった。通りで慎吾さんの同級生に会うと大きな声で呼び掛けるなど、近所で評判の母親だった。一年を通し、家の内外にはさまざまな種類の花を飾った。どんなときも常に笑顔を見せ、4人の子どもを育てた。
 東京都生まれの英二さんは、就職のため上京した慶子さんと結婚し、浪江町に移り住む。建設会社に長く勤めた。慎吾さんは「頑固で、人に迷惑を掛けるのが嫌いだった」と厳しかった父親の顔を思い浮かべる。
 英二さんは定年退職後、しばらくして脳内出血で倒れ、寝たきりの状態になった。言葉が思うように話せなくなる。慶子さんは献身的な介護を続けた。二人は慎吾さんの一人娘の里瑚(りこ)さん(19)=埼玉医大保健医療学部2年=の成長を楽しみにしていた。

 震災が起きた時、英二さんと慶子さんは自宅にいた。近所に住んでいた親戚が高野さん宅に駆け付け、逃げるよう呼び掛けた。慶子さんは「大丈夫だから、先に行きな」と言葉を返した。これが確認された最後の姿となった。
 慎吾さんは大きな揺れに見舞われた時、里瑚さんの原町二中卒業と原町高合格を報告するため実家に向かう直前だった。陥没した道路を避け、裏道を通り、両親の安否を確認しようと急いだ。実家を目の前にして、黒い津波が押し寄せてきた。必死にアクセルを踏み、難を逃れた。実家は流された。慎吾さんは避難所や遺体安置所を回り続けた。慶子さんと英二さんは約4カ月後に見つかった。

 慎吾さんは原発事故で警戒区域から避難指示解除準備区域に再編された実家跡に毎週足を運び、花を植えてきた。もう2年続いている。
 芝桜は海水をかぶった地でしっかりと根を張った。小さな花びらが思い出の地を彩る時、春の訪れを感じる。
 大学に進学し、埼玉県で一人暮らしをする里瑚さんは、帰省のたびに慎吾さんと請戸に足を延ばし、花の手入れを手伝う。
 「請戸じいちゃん、請戸ばあちゃんの笑顔を忘れない」。先月11日に行われた浪江町の追悼式で、里瑚さんは遺族代表で追悼の言葉を述べた。「二人が生きた証しとして、花でいっぱいにしたい」と願う父の思いを支えている。

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