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父の海で生きる 双子で夢の漁師に

■土屋優さん(15) 鎌さん(15) ~相馬市~

 相馬市磯部の双子の兄弟で15歳の土屋優(ゆう)さんと鎌(れん)さんが漁師になって間もなく1年がたつ。東日本大震災の津波にのまれ、30歳で命を落とした父誠さんの背中を追うように中学卒業後に漁師を継いだ。1日も早く父のような漁師になりたい-。誠さんの死後、再び動きだした漁船「幸稔丸(こうじんまる)」の操舵(そうだ)室では、腕組みする誠さんの遺影が兄弟を見守っている。
   ◇   ◇
 沿岸部の復旧工事でダンプカーが行き交い、土ぼこりが舞う磯部地区の磯部漁港。冷たい潮風が吹き付ける2月下旬、兄弟は祖父で船頭の稔さん(67)、乗組員の岩崎辰雄さん(55)と共に3月に始まるコウナゴ漁の網の準備に取りかかった。
 「ほら、こうやんだ」。網に重りの鉛を打ち付ける手本を見せる稔さんの言葉に、兄弟が素直にうなずく。既に週2~3回、試験操業やサンプル採取で出漁し、ミズダコやシラスなどの漁を経験している。
 兄弟は「ずっと前から一緒に船に乗ると決めていた」と言う。生前、誠さんには漁師になることをはっきりとは伝えていなかったが、自分たちの思いは感じていたはずだ。父に代わる一家の大黒柱として、市内で一緒に暮らす母友紀さん(37)と弟で三男の仁君(10)、四男の汐(しおん)君(6つ)ら家族の生活を1日も早く支えたかった。
 誠さんが乗っていた幸稔丸は震災の津波で田んぼに打ち上げられ、使えなくなった。漁師になりたいという孫の夢をかなえるため、稔さんが2014(平成26)年10月に幸稔丸を新調した。兄弟が初めて漁師として漁船に乗ったのは、昨年春に市内の向陽中を卒業した4日後だった。25キロのカゴ40個ほどのコウナゴを漁獲し、漁師としての充実感を味わった。
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 消防団員だった誠さんは2011年3月12日、海から数キロ離れた田んぼで消防団の法被姿で見つかった。
 震災時に8歳だった兄弟にとって漁をしていた父の面影は遠い記憶だ。同じ漁師になって父の足跡をたどるにつれ、兄弟は父の顔の広さを感じ、尊敬の思いが募る。原釜や新地、鹿島の近隣の漁港でも、父を慕う漁師仲間から温かく迎えられた。生前、父が各地へ出向き、網の修理などを手伝っていたことを聞かされた。今も家族ぐるみで付き合いのある近所の漁師・船競(ふなくらべ)安雄さん(58)は「(誠さんは)仕事熱心で、本当に魚が好きだった」と兄弟に姿を重ねる。
 「早く一人前になってくれ」と願う稔さんの隣で、2人は「まずは船舶の免許を取らないと」と頭をかく。海と漁を愛した父を追い続ける。

 東日本大震災、東京電力福島第一原発事故から間もなく7年。県民はそれぞれの「3・11」を胸に刻みながら歩み続けている。震災を乗り越え懸命に生きる人たちの軌跡をたどった。

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