東京電力福島第一原発で発生する処理水の海洋放出開始まで、およそ一年となった。二〇二一(令和三)年春の政府の処分方針決定後、海洋放出への国民の理解は広がっていないとの指摘がある中、岸田文雄首相は東日本大震災十一年に当たって「丁寧な説明を続けるとともに、あらゆる対策を行う。日程変更はない」と従来の姿勢を崩していない。風評の上乗せを懸念する県民の思いに、政府は真剣に向き合っているのだろうか。
政府はこれまで市町村や関係団体に処分方針を説明してきた。しかし、県内のあらゆる産業、市町村議会などから新たな風評への不安や慎重な対応を求める意見が相次いで出されている。県漁連は放出反対を貫いており、関係者の理解を得たと言うには程遠いのが現状だ。新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、最大の消費地である首都圏などの住民には一度も説明の場を設けていない。
政府は昨年末、風評対策をまとめた行動計画を策定した。「安全性の知識の普及状況の観測・把握」を柱の一つに掲げたのにもかかわらず、国民に処理水に対する理解が広がっているかどうかの調査も行われていない。
福島民報社などの地方紙が加盟する日本世論調査会が全国の十八歳以上の三千人を対象に実施した調査では、処理水を海洋に放出する処分方法について「賛成」が32%だったのに対し、「反対」は35%、「分からない」が32%だった。内堀雅雄知事は「(各種調査の)結果を見る限り国民の理解を十分に得られているとは簡単には言えない状況だ」との認識を示している。
政府の流通実態調査で常磐もののヒラメの価格が出荷再開後、初めて全国平均を上回ったという速報値が明らかになった。水産関係者らの風評払拭[ふっしょく]に向けた懸命な取り組みが実を結びつつあるのに、処理水を放出すれば、その努力が水泡に帰す恐れがある。政府は国民との対話を通し処理水への理解を広げるとともに、有効な風評抑止策を示さなければなるまい。定期的に世論調査を実施し、国民が海洋放出に不安を抱いていないという裏付けを漁業者や流通業者らに示す必要もある。
「聞く力」を掲げる岸田首相は東日本大震災の被災者や農水関係者と車座で対話し、困窮者らを支援する姿勢を前面に打ち出している。海洋放出も一度立ち止まり、国民の考えに耳を傾けるべきだろう。理解醸成が図られているのかどうかや風評対策の効果を見極めた上で決断していくのが道理だ。(円谷真路)