東京電力福島第一原発事故は、森や山に生息している野生動物と人間の生活圏を分けていた境界線を乱した。放射線量が高く、居住が制限されている場所の住民が避難し、人が住む空間に鳥獣が入り込まないように押し返す「圧力」が消えたためだ。
イノシシやシカなどによる鳥獣被害は全国的な問題だが、中でもイノシシは、越冬は難しいとされていた東北地方にも近年生息域を広げ、捕獲数が急増している。
県によると、県内のイノシシの捕獲数は2010(平成22)年度は3736頭だったが、2020(令和2)年度は3万5698頭と10倍近くに増えた。地域別に見ると、原発事故で避難区域が設定された12市町村(田村、南相馬、川俣、広野、楢葉、富岡、川内、大熊、双葉、浪江、葛尾、飯舘)だけで1万1109頭と全体の約3分の一を占める。この11年間、12市町村で野生動物による人的被害はないという。
原発事故発生前、各市町村は捕獲による駆除や電気柵などを使った侵入防止などに取り組み、人と動物のすみ分けができていた。だが、人の営みが途絶えたことで、動物は本来の居住地である森や山を離れ、餌やすみかを求めて人里に侵入している。荒れた田畑や空き家は、イノシシの繁殖にはもってこいの場所で、避難先から一時帰宅した住民が市街地でイノシシと出くわすこともある。
国と県、12市町村は2017年に避難12市町村鳥獣被害対策会議を設置した。イノシシ排除に向けた第一期広域緊急戦略を策定し、各市町村職員の研修や専門家による技術支援などを行ってきた。
避難指示解除が進み、住民が帰還してイノシシの出没頻度が減った場所もあるという。だが、依然として2019年度には浪江町で308件、富岡町で389件の目撃情報があった。
対策会議は、2021年にまとめた第2期広域戦略で、この数字を「憂慮すべき水準」とし、イノシシについて「12市町村全域での十分な排除には至っていない」と結論付けた。県自然保護課の斎藤誠主幹は「いまだに市街地付近での目撃情報がある。畑の作物を食べるなどすれば営農再開などにも支障をきたす恐れがある。各市町村と連携して対応しなければならない」と話す。
避難指示が解除された地域では、地元猟友会を中心に組織した捕獲隊が対策を担っている。