下郷町にある大内宿三沢屋は東京電力福島第一原発事故発生後、出荷制限の影響で地場産の野生キノコを用いた料理を提供できなくなった。観光客らを呼び込み、再来訪につなげるための看板商品がなくなった結果、経営にも影響が出ている。店を営む只浦豊次さん(67)は「貴重な武器を失った。いまだに実害が続いている」と訴える。
只浦さんは高校卒業後に大手建設会社に就職した。家庭の事情で、21歳で古里に戻って店を継いだ。当時、経営状況はどん底で、約600万円の借金を抱えた状態からのスタートだった。
「ここでしか食べられない料理で勝負しよう」。大内宿の観光ブームの後押しを受け、地場産品であるキノコやそばを使った料理が評判となり、経営は順調に上向いた。当初3人だった従業員は20人まで増え、原発事故発生前の2010(平成22)年には年間の売り上げが1億8000万円まで伸びていた。
しかし、収益は原発事故発生後に激減し、2012年には半分程度になった。2019年には8割程度まで回復したが、2020(令和2)年の新型コロナウイルス感染拡大の影響で再び悪化。原発事故発生前の水準には一度も戻っていない。
只浦さんは「事故発生直前まで上り調子だった。キノコ料理の提供を続けられていれば、売り上げは今より確実に良かったはずだ」と悔やむ。営業損害の賠償金を東電から受け取ってきたが、事故発生から6年で打ち切られたという。
福島第一原発では来年春にも、放射性物質トリチウムを含む処理水が海洋に放出される見通しだ。風評被害が懸念されるとして漁業者らが断固反対しているにもかかわらず、政府と東電は手続きを進めている。
只浦さんは原発事故を起こし、豊かな山の恵みを奪った当事者の東電が、処理水放出によって再び県内に深刻な被害を与えるかもしれない状況に憤っている。「どれだけ、なりわいや暮らしを壊せば気が済むのか」。
原発事故はタラノメの有数の産地だった川俣町にも大きな打撃を与えた。農家は風評被害に苦しんでいる。