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【戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―】第5部 山の恵み(43) タケノコの山守る 出荷できる日のため

2022.05.13 09:38
タケノコの出荷制限が解除されることを願い、竹林の手入れをする安田さん

 福島県福島市山口の山あいに手入れの行き届いた竹林が広がる。地面からは無数のタケノコが顔を出す。東京電力福島第一原発事故発生後、出荷制限されて流通は止まったままだ。農家の安田和昭さん(70)は「10年以上のブランクはあまりにも長い。息が切れるよ」と声を落とす。

 100年以上続く農家の3代目で、市内を代表するタケノコ生産者だ。祖父が明治時代に山を開墾して竹を植え、タケノコの出荷を始めた。父が栽培規模を拡大し、和昭さんは販路を首都圏など県外にも広げた。

 自宅近くに0.6ヘクタールの竹林を保有している。収穫期の3~5月は毎朝日の出とともに山に入り、家族総出で収穫に当たった。「土から出てしまったタケノコはもはや竹」。タケノコが地上に現れる直前のわずかな土の割れ目を見つけ、専用のくわで収穫する。日の光を浴びていないため白くて柔らかく、えぐみはない。刺し身にして食べられるほどだ。だが、今は出てきたタケノコを収穫できない。草刈り機で刻み、土に返すなどしている。

 林野庁によると、県内のタケノコは福島市を含む22市町村で国の指示で出荷制限されている。双葉郡を中心とする5町村で県からの要請による出荷自粛が続いている。背景には、タケノコはハウスや屋内などで栽培できないという事情がある。県は原発事故発生後、複数箇所でタケノコの放射性物質検査を続けている。ただ、山林の除染は進まず、竹林の手入れを諦めた生産者も多い。放射性物質を含む落ち葉が土に吸収され、その山で育ったタケノコから放射性物質が検出されるケースがある。

 安田さんは落ち葉集めや草刈りなどを続けている。県は安田さんの竹林で採取したタケノコの放射性物質を調べているがここ数年、放射性物質は食品衛生法の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を下回っている。出荷制限を解除するためには、モニタリング検査や詳細検査で基準値以下となる必要がある。安田さんは「管理の行き届いている山と、それ以外の山で採れたタケノコを分けて、解除に向けた検討を進めてほしい」と求める。

 今も山の手入れを怠らないのは「先祖から受け継いだ恵みの山を荒らす訳にはいかない」という強い使命感からだ。「放っておいたら1年で竹やぶになり、元には戻せない」。自慢のタケノコが再び市場に流通し、多くの人に味わってもらうのを夢見ている。

 原発事故は山の恵みに大きな打撃を与えている。住民は古里の山や森で採れた野生キノコ、山菜などに彩られた食卓を取り戻すため、日々の努力を続ける。(第5部「山の恵み」は終わります)