東京電力福島第一原発事故は、豊かな森林に由来する県内の文化にも多大な影響をもたらした。山林の除染が進まず、信仰や民俗芸能などの継承に打撃を与えている。県内の森林文化の現状を追う。
飯舘村比曽地区にある葉山(787メートル)の山頂には、住民の信仰を集める羽山神社がある。参道は雑草が伸び、張り出した木の枝が道を覆う。雨風で崩れた場所もある。社殿の天井は所々落ち、欄干の床が抜けるなどして荒れている。原発事故の影響で手入れができず、住民が避難して参拝者はほとんどいなくなった。
東北地方南部では、葉山、端山、羽山、麓山などの名前の山を対象にした山岳信仰が広がっていた。「葉山信仰」と呼ばれ、比曽地区でもかつては住民が身を清めて地区内のお堂にこもり、山頂の羽山神社に出向いて神に1年の豊作を祈っていた。
社殿は江戸時代ごろに建造されたと伝わる。住民が地域の安寧や家内安全などを願うよりどころだった。明治から昭和にかけて、他の地域からも参拝する人がいたという。
原発事故発生前、住民は正月になると神社に参拝し、1年の健康などを祈願した。田植え前の旧暦4月8日には民俗芸能「比曽の三匹獅子」が奉納され、にぎやかに盛り上がった。
「太鼓の音が響き、舞が奉納される風景は住民の誇りだった」。地区に住む羽山神社総代の菅野民雄さん(76)は振り返る。行事の後は地区内の体育館などに住民が集まり、懇親を深めた。大人だけでなく、子どもたちも集まり、歓声が響いていたが今、その光景は見られない。
原発事故で村は一時全村避難を余儀なくされ、比曽地区は居住制限区域に指定された。2017(平成29)年に地区の避難指示は解除されたが、約90世帯あったうち多くの住民は現在も福島市などに避難したままだ。
菅野さんは原発事故発生後、山頂の神社を訪れたことはない。急傾斜の荒れた参道を歩くのが難しいためだ。「参道は除染されているが、全体から見れば一部分だけで不安は残る。住民の思い出の場所に入れないのは悔しい」と声を落とす。
三匹獅子は奉納の場を失った。それでも住民は村外で披露するなどして地域の伝統を守り続けている。