県が全国に先駆け、県医師会を通じて運営する「医業承継バンク」は開設から三年半で想定を上回る九件の承継を成立させた。後継者不在などで譲渡を望む医療機関と、開業を志す医師を無料で仲介するきめ細かな支援が実を結んでいる。ただ、医療環境が脆弱[ぜいじゃく]な南会津地方や浜通りで実績がないなどの課題もある。成果を広げるには各方面の知恵と協力が欠かせない。
医業承継バンクは二〇一九(平成三十一)年二月に開設され、現在は譲渡を望む三十六の医療機関、開業希望の医師四十一人が登録している。県医師会は登録者と面談し、現地視察に同行するなどしてマッチングを後押ししてきた。県は改装や機器購入などに補助金を出している。民間のバンク事業は以前からあった。本県では公的機関による無料の取り組みであることへの安心感が成果につながっていると県医師会はみている。
成立した九件は県中五件、県北二件、県南と会津各一件。郡山市をはじめ都市部が多くを占め、山間部は生活や経営面の不安から二の足を踏むケースが多いという。県医師会は、住宅をはじめ生活面の支援の充実について関係市町村と協議している。民間、住民レベルでも医師や家族を温かく迎える風土づくりが重要だろう。
医業承継バンクを活用して関東地方から郡山市の診療所を引き継いだ医師は、風景や住民の人柄が新天地を選ぶ要素になったと振り返る。バンクを譲渡対象の医療機関だけでなく、地域の生活環境や将来展望、住民や患者の声なども併せて紹介できる内容に充実させてはどうか。県は部局横断で関わり、地域づくりの観点からも市町村や医療関係者、住民らと診療所再生の道を探ってほしい。
新型コロナウイルスの感染拡大、「団塊の世代」の高年齢化などで「かかりつけ医」の役割は高まっている。病気を診るだけでなく、「人生百年時代」に向けた健康づくりの道しるべを担う存在でもある。県によると、県内の医科診療所の医師の平均年齢は二〇一〇年の五八・五歳から二〇二〇(令和二)年には六二・五歳に延びた。後継者不在で、譲渡を十分に検討しないまま診療所を閉鎖する医師も相当数いるとみられ、バンク登録の利点を一層周知する必要がある。
政府は新たな地域活性化策「デジタル田園都市国家構想」で遠隔医療の普及に努める。診療所も重要な地域資源として目を向け、国全体として承継の仕組みや支援策を整えるべきだ。(渡部育夫)