日曜日の昼下がりの午後。福島県のJR只見駅前には、列車を降りて観光周遊バスに乗り込む旅行者の姿があった。「只見には見るところがたくさんあるので、楽しんでくださいね」。駅前にある只見町インフォメーションセンターのスタッフの吉津てるみさん(64)が明るく声をかけた。
町が運行するバスは、JR只見線利用者の2次交通として町内の観光スポットを巡る。吉津さんは「バスが走る前は、大変だったのよ」と打ち明ける。
只見線は昨年10月の全線再開通直後、「都会の満員電車」と言われるほど、全国から多くの観光客が押し寄せた。すぐに、乗客から2次交通の不足への不満が相次ぐようになった。
只見町には河井継之助記念館、田子倉展望台、「ただみ・ブナと川のミュージアム」などの観光施設や名所があるが、只見駅から徒歩で行くには距離がある。駅前から利用できるタクシーやレンタカーは少なく、路線復旧に合わせて町が導入した電動アシスト自転車も台数に限りがあった。
吉津さんは只見駅で降りた旅行者からの苦情の対応に追われた。「会津若松から立ち乗りでやっと着いた挙げ句、移動手段がないなんて。こんなに不便なところにはもう二度と来ない」。投げかけられた心ない言葉に、胸を痛めた。
「このままでは、観光に影響してしまう」。吉津さんら現場の声や乗客の指摘を踏まえ、町は昨年11月から1カ月ほど試験的に観光周遊バスを運行した。好評を受け、今春の大型連休に合わせて本格運行に踏み切った。運賃は高校生以上が200円、中学生以下が100円、未就学児が無料。乗車定員29人のバスが12月3日までの土日祝日に走る。
町交流推進課観光係の渡部一昭さん(45)は「県内外から訪れた多くの観光客に利用してもらっている。現在は土日祝日限定だが、利用が増えれば平日の運行も検討したい」と話す。電動アシスト自転車も増やす方針だ。
吉津さんは地元の只見高を卒業後、首都圏での社会人生活を経て古里に戻り、温泉宿泊施設で20年間勤務した。いわゆる「Uターン」経験者だ。都会で自然豊かな奥会津の良さを再認識したからこそ、地域の観光や活性化への思いは強い。観光周遊バスを眺めながら、「2次交通の充実で利便性が向上して、『また只見に来たい』って思ってくれる人が増えるとうれしい」と笑顔を見せた。