東京電力福島第1原発にたまり続ける放射性物質トリチウムを含む処理水の海洋放出が始まった。政府の関係閣僚会議の正式決定からわずか2日での実施には、有無を言わせぬ日程ありきの強引さがにじむ。放出による風評の再来の懸念は全く払拭されないまま、新たな段階に入った。
初日は午後1時すぎから海水で希釈した処理水が原発沖合約1キロから放出された。東電によると2023(令和5)年度は約3万1200トンを流す。事前に測定するトリチウムの濃度や原発周辺の海水に含まれる放射性物質濃度など、正確、迅速に測定して安全性を保つのは当然で、トラブルは許されない。
放出が始まった以上、風評を起こさない、起きた場合も最小限に抑え込む取り組みが、さらに重要度を増す。県やいわき市は海水のトリチウム濃度を独自に測定する体制を強化するという。県民の安心安全確保のため、政府、東電だけに頼らず、県や県内市町村ができることを積極的に進めることも、これからは必要となってくるだろう。こうした取り組みは、ひいては風評の払拭につながるはずだ。
本社が22日に実施した県内首長アンケートは自治体トップの複雑な心境を物語っている。明確な賛成、反対はそれぞれ2人だったのに対し、「どちらとも言えない」は42%に当たる25人に上った。海洋放出の必要性、安全性は認めながらも、新たな風評の発生や国内外の理解不足のままの放出に懸念を示している。
こうした結果の背景には、政府、東電への不信感がある。「関係者の理解なしには放出しない」との県漁連との約束について、政府は「一定の理解は得られた」として、放出開始の判断材料の一つとした。だが、全国漁業協同組合連合会(全漁連)、県漁連は岸田文雄首相、西村康稔経済産業相との面会で反対姿勢を最後まで崩さなかった。無理のある一方的な解釈は納得できるものではない。
岸田首相は坂本雅信全漁連会長との面会で「今後数十年の長期にわたろうとも、全責任を持って対応する」と約束した。新たな約束をどう果たすのか、厳しい目を持つとともに、福島の復興を託す未来の世代に恥じぬ対応とは何かを私たち県民も真剣に考え続けたい。(安斎康史)