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【芥川賞、直木賞】震災文学の受賞に期待(7月23日)

2025.07.23 09:19

 第173回芥川賞、直木賞は27年ぶりに両賞とも該当作がなかった。東日本大震災の経験が描かれた柚木裕子さん(岩手県出身)の「逃亡者は北へ向かう」は直木賞を逃した。14年前に起きた未曽有の災害の風化が懸念される中、文学は当時の記憶を次世代に継承する役割も担う。福島県をはじめ東北地方の作家の創作活動が円熟するよう期待したい。

 3回目のノミネートとなった柚月さんの作品は、福島県など震災直後の東北地方が舞台となっている。自ら津波で両親を失い、発災直後から構想を温めていた。「つらさに耐えて前に進む人々の姿に勇気付けられた。私も前に進まなければならない」との思いが原点だったという。実体験に基づき、遺体安置所を回るシーンが描かれている。活字によって震災の記憶を伝えていく上で、エントリーされた意義は大きかったといえる。今後も「3・11」の実相をファンに伝えてもらいたい。

 今年1月の172回では、24歳の鈴木結生さん(郡山市出身)の「ゲーテはすべてを言った」が芥川賞に輝いた。受賞後の本紙インタビューで、震災と東京電力福島第1原発事故が「文学を志す原体験」と振り返っている。世界的にも類を見ない複合災害は、当時の若者世代や幼年期の思考、感性に影響を与えた。芸術活動の源泉でもあり、第2、第3の鈴木さんが県内から現れてほしい。

 両賞は文芸春秋の創刊者菊池寛が1935(昭和10)年に創設し、年2回選ばれる。選考会ではまず投票が行われ、続いて候補作それぞれを巡って議論し、再び投票して受賞作が決まるのが通常の流れとされる。いずれも受賞がないのは1998年以来6回目だったが、今回の議論の様相は対照的だった。直木賞は選考委員が推す作品が分かれ、約4時間という長時間の議論を経ても2作以下に絞り込めなかった。一方の芥川賞は、授与の水準にどの作品も達しなかったという。

 直木賞選考委員の作家京極夏彦さんは選考会終了後の会見で、「どれも違う方向に突出した良さがあり、読者に届く作品。『全て候補作』」と今回、候補に挙がった6作品をたたえた。まちの書店を訪れ、実際にそれぞれを手にして、ページをめくる楽しさを再確認しよう。(神野誠)