近頃「この猛暑は異常ですね」と挨拶[あいさつ]を交わすことが多い。しかしよく考えると、気候変動がもたらした「猛暑」は「異常」ではなく今後は常態として生活するしかない。
これはトランプ政権の関税政策にも当てはまる。日米は7月23日に、米国側の相互関税を米側の当初の要求の25%から15%に下げ、自動車と部品への関税も25%から15%に下げることに合意した。
しかし実際の発動では、米国は通常の関税に加えて15%を上乗せした。これは日本側が合意したと考える15%を上限にするという内容と異なっており、赤沢担当大臣が急きょ訪米した。日米が合意した投資の内容についても、トランプ氏と日本側の解釈には違いがあり今後、もめそうだ。
日本国内では、合意の詰めが甘かったという批判が起こるだろう。しかし日本政府を責めるのは筋違いだ。トランプ政権下では、すべてがトランプ氏の都合で決まり、事務方で詰めた交渉を行っていたのでは、本人が求めるタイムリーな結果が出せないため、合意は永遠に望めない。
ホワイトハウスに近い関係者は、トランプ氏は、関税を巡る諸外国とのやりとりをゲームとして楽しんでいると証言する。実際の関税交渉終結の期限はなく、あくまでも、劇場の見せ物で、自分が設定した節目にすぎないというのだ。
つまり、米国の関税政策は、経済合理性よりも、トランプ劇場での本人の思惑が大きいのが現実だ。米国に安全保障を依存している同盟国が、自国のペースで交渉をすることは不可能だ。逆に中国のような競争国は、米国に安保を依存していないため、レアアースの輸出制限などを取引材料に、優位に交渉を進めている。
私たちが猛暑の常態化を所与のものとして、生活しなくてはならないように、理不尽な米国の政策も、それを所与のものとして、対策しなくてはならない。
では、いつまで、そのような世界が続くのだろうか。トランプ氏にも勝てないものがある。経済の現実と有権者の不満だ。トランプ氏は王様のように振る舞っているが、2029年1月に任期は切れる。直近では2026年11月に、議会の中間選挙で審判が下される。
もし関税による米国の物価上昇や景気後退に有権者が不満を持てば、下院で与党共和党が過半数を失う可能性は十分にある。現時点で共和党は219議席で民主党は212議席で、7議席の僅差だ。
民主党が、下院で過半数を確保すれば、大統領に対する弾劾決議を通すことができ、上院に設置される弾劾裁判所で3分の2の賛成が得られれば、罷免することができる。トランプ氏は中間選挙で負けるわけにはいかない。
米国内で日本車が売れているのは人気があるからだ。トランプ関税で、日本車の価格が25%上がれば、有権者が不満を持つ。だから15%で合意したのだろうが、それでも不満はもたれる。
日本は、市場原理と米国の消費者を味方につけ、トランプ関税という「猛暑」を乗り切る必要がある。
(渡部恒雄 笹川平和財団上席フェロー)