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日用品に芸術を(9月28日)

2025.09.28 09:07

 私は100円ショップが好きでちょくちょく顔を出す。散歩を兼ねて、ということもあるが工夫を凝らしたさまざまな製品を眺めるのが好きである。先日、お店をのぞいた際に入り口付近にポーチが並べてあった。どれも草木など自然の模様が施されている。その中のあるデザインに目が留まった。なんとなく見覚えがある。手に取ってみてみるとタグには小さな字で「本商品はウィリアム・モリス氏の図案を用いた商品です」と書かれている。それで思い出した。何か月か前に美術館で見たデザインが使われていたのである。

 19世紀後半、イギリスで産業革命が進む中、人々の暮らしを支える品々は、機械による大量生産へと急速に移行していった。安価で便利な製品が市場にあふれる一方で、日用品の質は変化し、かつて職人が丁寧に作っていた美しい家具や織物は、無機質な工場製品に置き換えられていった。こうした流れに対し「生活の中に本当の美を取り戻そう」と声を上げた人々がいた。この理念はアーツ・アンド・クラフツ運動と呼ばれ日常製品の産業化に対する文化の導入という流れを提唱した。私が美術館で見たのはこの展示である。その中心にいたのが詩人でありデザイナーでもあったウィリアム・モリス。彼は、芸術と生活を切り離すのではなく、壁紙や織物、家具などの装飾に自然モチーフを取り入れ、丁寧なものづくりを重視した。この運動は海をわたり広がる。アメリカの著名な建築家フランク・ロイド・ライトは共感し、素材の重視、自然との調和、空間全体を一つの芸術として設計するなどとして独自に発展させた。

 わが国ではどうか。日本でも近代化と都市化の中で、手仕事の美しさが失われていくことに危機感を抱いた人物がいた。柳宗悦は、1920年代に「民[みん]藝[げい](民衆的工芸)」という概念を打ち出し、無名の職人が日々の暮らしのために作る道具の中にこそ、真の美が宿ると説いている。モリスの唱えた「生活の中の芸術」に共通する考えだと思う。この2つの運動をつないだ人物が、イギリス出身の陶芸家バーナード・リーチである。彼はアーツ・アンド・クラフツの影響を受けて日本にわたり、柳と親交を結んで民藝運動にも参画した。彼の活動によって、両国の工芸思想は豊かな交流を生んだと考えられている。作品は東京にある日本民藝館で見ることができる。

 モリスの代表的な図案は著作権が切れ自由に使えるため、さまざまな企業やブランドで広く採用されているという。これらの製品はモリスが重視した「手仕事の美」とは異なるが誰もが入手しやすい製品として提供され、100円ショップの人気商品にも取り入れられている。モリスや柳宗悦の考えは現代、そして未来においても日常使いの中に芸術の美を取り入れ、良いもの、気に入ったものを大切にして安易に捨てたりせず長く使うことに目を向けさせる。社会を持続可能とする重要な指針になるものだ。

(中岩勝 産業技術総合研究所 名誉リサーチャー)