東京電力福島第一原発事故から十年目となった今、風化が復興の壁になっている-。双葉町の伊沢史朗町長(62)に焦燥感が募る。「国民の思いは薄れてきているのかな。まだ誰も戻れていないのに」
町は現在、全国から三十六人の職員の応援を受け、うち六人が県外市町村からの派遣だ。伊沢町長は毎年、応援職員の派遣元市町村に直接出向き、継続を依頼している。全国各地で大規模な自然災害が相次ぐ中、「双葉さん、そろそろいいでしょう」と言われるケースが増えた。断られそうな時は、「お世話になったので最後に町を見てほしい」と頼み込み、足を運んでもらっている。町の現状を目の当たりにし、派遣を継続してくれた首長もいた。
国や県からも職員が派遣されているが、十分ではない。町の復興は緒に就いたばかりで、避難している町民への対応や生活基盤整備など業務は山積している。帰還が始まるこれからが、よりマンパワーが必要になる。「訴え続けないと、どんどん打ち切られてしまう」。新型コロナウイルス感染拡大が追い打ちをかけ、思いは一層届きにくくなると危機感を抱く。
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今後、本格化する町の復興に必要な財源確保の先行きも気掛かりだ。政府は七月、二〇二一(令和三)年度から五年間の「第二期復興・創生期間」に必要な復興事業費として約一兆六千億円を確保すると決めた。ただ、復興拠点外などに対応する予算は約一千億円で、追加確保の見通しは明確になっていない。
「国は『町の状況は分かっている。大丈夫だ』と言う。ただ、担保がない」。漠然とした不安が拭えない。「国はエネルギー政策の犠牲になった地域を復興させる責任がある。最後まで訴え続ける」
町は二〇二二(令和四)年春の避難指示解除を目指し、復興拠点約五百五十五ヘクタールの整備を進めている。新市街地ゾーンとして災害公営住宅や賃貸住宅が建設されているJR双葉駅の西側地区は、拠点外の白地(しろじ)地区の住民にも生活してもらう考えだ。
西側地区は電柱が地中化され、自然と共生する今までにない新しい町が誕生する。国などが毎年実施している住民意向調査では「(町内に)戻らない」が六割を超えている。だが、伊沢町長は「住みたいと思える町をつくり上げれば、数字が変わる可能性はある」と期待を込める。
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町は町内の避難指示が解除されていない約四千九百ヘクタールのうち、東電福島第一原発と中間貯蔵施設用地を除いた全域を一括で復興拠点に認定するよう国に求めている。認定を視野に、拠点外の農地の再生利用策を検討する。現在の拠点では、一年半後にも町民の帰還が始まる。町と避難先の二地域居住など帰還を促す新たな策を練る。伊沢町長は「町独自の取り組みを打ち出し、多くの人に関心を持ってもらう」と決意する。
伊沢町長は一九八九(平成元)年、町内新山に動物病院を開院し、親身な治療に努めてきた。病院兼自宅の建物は復興拠点内にあるが、東日本大震災により基礎がゆがんで更地にした。それでも、避難指示の解除とともに町に戻るつもりだ。「町内で生活しなければ足りない部分も良い部分も見えてこない。一番先に帰還し、拠点外の復興再生に取り組む」。町の将来を見据え、声を大にした。