東京電力福島第一原発事故で政府が周辺市町村に設定した避難区域のうち、年間積算線量が五〇ミリシーベルト超の帰還困難区域。福島第一原発が立地する大熊、双葉両町に加え、南相馬、富岡、浪江、葛尾、飯舘の計七市町村に設けられた。区域の総面積は約三百四十平方キロで、県土の2・4%に当たる。約九千世帯、約二万四千人が居住していたが、原発事故から九年八カ月が経過した今なお、原則として立ち入りが禁止されている。
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帰還困難区域は当初、住民の帰還を想定していなかった。風穴が開けられたのは二〇一六(平成二十八)年八月だった。自民、公明両党の東日本大震災復興加速化本部が安倍晋三首相(当時)に対し提出した第六次提言で、「たとえ長い年月を要するとしても帰還困難区域の全ての避難指示を解除」するよう初めて求めた。避難先で五年近く中ぶらりんな状況に置かれたままの住民を案じた七市町村や県から度重なる要請を受け、与党が政治判断した。
「帰還困難区域が『当分は帰れません』から『いずれ帰します』に転換された。哲学が変わった潮目だった」と岡本全勝元復興事務次官は振り返る。
与党提言を受けた政府は「たとえ長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組む」と提言に沿った方針を掲げた。帰還困難区域を再編せず、居住可能な特定復興再生拠点区域(復興拠点)を整備した地域から段階的に避難指示を解除する枠組みを新設した。二〇一七年五月には、復興拠点の整備を法的に担保する改正福島復興再生特別措置法を成立させた。
復興拠点は首長が拠点の範囲などを盛り込んだ整備計画を策定し、首相が認定する。認定から五年後をめどに避難指示解除の基準(空間放射線量率で推計した年間積算線量が二〇ミリシーベルト)以下に線量が低減することを柱に、住民の帰還や営農再開の意向、企業誘致の見通しなどを認定基準とした。
認定されれば国費で除染とインフラ整備を一体的に進めることができる。帰還困難区域内の住民が転居したため復興拠点を設けない南相馬市を除く、富岡、大熊、双葉、浪江、葛尾、飯舘の六町村の整備計画が進行中で、それぞれ二〇二二年春から二〇二三年春にかけて復興拠点の避難指示解除を目指している。
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全ての避難指示の解除を確約した政府。ただ、復興拠点から外れた地域の対応方針は定まっていない。帰還困難区域を抱える六町村(現在は飯舘村を除く五町村)でつくる協議会は五月、拠点外の解除見通しの明示、除染や家屋解体の実施を政府に求めた。だが、その後も田中和徳復興相(当時)は「まずは復興拠点の整備を進める」と繰り返した。
「復興拠点の整備には国費が充てられる。成功事例を示さないと財務省が拠点の拡大に難色を示す。こじ開けるのは政治力しかない」(政府関係者)のが現状で、先行きは見通せない。
長期にわたり住民が帰れないと予想された帰還困難区域で、再び人が住めるようにする「復興拠点」という新たなまちづくりが進む。変容する古里の今を追う。