「医療、介護・福祉施設の再開や新設」「商業施設の再開、充実」-。復興庁などが昨年秋に富岡町民を対象に行った住民意向調査では、帰還を判断するのに必要な施策としてさまざまな回答が並んだ。「富岡は元のような町に戻れるんだろうか」。富岡町夜の森駅前北行政区副区長の鎌田和義さん(69)は資料を見ながら、古里の復興に思いをはせる。
目に付くのは「さらなる放射線量の低減」の項目だ。回答した町民の三人に一人が必要な施策として挙げた。国は年間積算線量二〇ミリシーベルトを下回ることを避難指示解除の要件の一つとし、特定復興再生拠点区域(復興拠点)の除染などを進めている。
東京電力福島第一原発事故発生から十年近く経過した今だからこそ、鎌田さんは「町民の古里への思いが『風化』しないよう、環境回復をはじめ地元が望む富岡をつくる姿勢を忘れないでほしい」と復興の原点に立ち返るよう国に求めている。
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「人口が増え、郡内でもにぎやかだった地域」。鎌田さんはかつての夜の森地区の魅力を語る。名物の桜並木を生かしたイベントの企画、コメを中心にした農業振興…。若い世代がそれを支えていた。「多くの世代が分け隔てなく地域に関わり、活力が生まれていた」と振り返る。
春に催される「夜の森さくらまつり」では、大年神社のみこしが登場した。子どもたちが練り歩き、住民の笑顔が広がった。
国は町内の復興拠点について沿道型商業活性化ゾーン、農用地活用ゾーンなどを設定し、各産業の活性化を目指す方針を示している。農業法人の設立、桜並木など観光資源の活用も柱に据える。事故前の四割に当たる約千六百人の居住を目標に掲げている。
一方、解除要件の「二〇ミリシーベルト」について、町には「もっと除染を徹底してほしい」など町民から厳しい声も寄せられる。元々線量が高かった拠点内は観光、農業などで新たな風評との闘いも懸念される。鎌田さんは「人がいなければ本当の復興は始まらない。まずは呼び込むための安心できる環境づくりが必要」と訴える。子や孫など次の世代が夜の森で暮らすためには、他の地域と同様、年間追加被ばく線量一ミリシーベルト以下を目指した除染など環境回復が大前提になると考える。
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「避難指示の解除後、地域のつながりを取り戻したい」。鎌田さんは帰還後、先人たちの思いやかつての風景を若い世代に伝える役割を担いたいと願っている。一方で行政区の副区長として、地元に根差しながら地域の課題を行政に伝えていく覚悟だ。
ただ、復興拠点の避難指示が解除されるまでには、避難から十二年もの月日を要する。「今まで以上に環境の回復や福島第一原発の廃炉、インフラ整備など被災地に寄り添う姿勢がなければ、到底帰還は進まない」。故郷の再生への思いが国に届くよう願う。